雨とザフィネ
 数日雨が続いた。
 この時期にしては恵みの雨だったが、森の大木の洞に体を押し込んで過ごしたレグルには早く止んでくれと願うものだった。
 しとしと続く雨が降り止み、空が青く晴れればもう少し気分が良くなり、もう一度動け出しそうだった。
 もしかするとこのままここでーーーという不安がレグルの心を締めつける。
 まだ別れを告げていないのに。
 いつまでも待たせるのは可哀想だからはっきりと、去る旨を伝えたかったのだ。
 自分の時間が残り少ないことは知っていたが、最後にとても面白いひとときを過ごすことが出来た。
 これまで感じたことのない甘ったるい不思議な心地にさせられたレグルは思うのだ、悪くなかった、と。
 すべては悪くなかった。
 長くはないけど、短くはなかった。
 仲間に出会うことも滅多になくなり、巣立ちしてからはほとんど独りで生きてきたが、ここにきて顔見知りが出来た。
 仲間とは言い難い新生の者たちで、でもやはり仲間なのだろう。
 言葉を聞き、話した。
 匂いが違い見た目も違う、多少個性が強い者たちだったが意思の疎通が適うなら、それは仲間だろう。
 なら自分が死んでも問題ないはずだ。
 自分は最後の生き残りではない、仲間はいるのだから。
 そう感じられると、胸に閊えていたものが消えた気がした。楽になっていた。
 だから、あとは別れをちゃんと伝えたかった。
 この地を去るから、もう会うことはないが、達者に暮らせ、とシヤに。
 雨が止めばきっともう一度ぐらい立ちあがることが出来るはずだ。
 もう少しだけ生きたかった。
 それは、浅い息を繰り返し、臓腑をもぎ取られようとするような痛みと、ときどき襲われる体の痙攣にぐっと耐えるしかないレグルの、祈りだった。



 意識を失っていたようだ。
 目が覚めたとき、雨は上がり空は澄んでいた。
 雨に濡れた森の緑は太陽の光を浴びきらきらと輝き、世界はこのうえなく美しかった。
 ぼんやりと眺めた後、レグルはゆっくりと体を動かした。
 力が入る。雨と共に発作は通り過ぎ、痛みも治まっていた。
 これなら歩ける。
 洞から這いだしたレグルは道を辿る。シヤの元に行くものだ。
 シヤに一言告げれば、思い残すことはなくなると思うと、心は穏やかだった。
 でも、それは一瞬で断たれることになった。
 匂いを感じたときには、声になった。
「レグル、こんなところにいた!来てくれ、頼む!」
 塊が跳んできたと思ったら、ザフィネだった。
 覇気の漲る彼女らしくない真っ青な顔色をしていた。
 ザフィネすらも顔色を無くす異常事態なのだと知れた。
「何かあったのか?」
「急いでくれ!」
 切羽詰まったザフィルには申し訳ないが、急げない。走れないからと答えようとしたときには、ザフィネに腕を取られて走っていた。
 走っているうちに、ザフィネの手を振り払い自分の速度で走っていた。
「シヤの檻か?」
「ああ」
 ザフィネの返事が追いかけてきた。
「あいつを、頼むーーー」
 頼むと言われても訳がわからなかったが、大変な事態に陥っていることは強く感じた。
 シヤの体の怪我、檻に漂う強い血臭が思い出された。言い知れない恐怖に追い立てられたレグルの足は飛ぶような速さでシヤを目指していた。


20160118

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