美しいシヤ
 黒い髪に黒い瞳のレグルはごく一般的な色彩だと言える一方で、シヤの持つ色合いは信じられないものだった。
 艶やかな銀の髪に、金色の眼。透けるような白い肌に、華奢な細い体。標準より細かったが、低いわけではない。しなやかに伸びた四肢は、冷静に見て、観賞用なものだろうと感じた。戦って生き抜くには肉付きは薄すぎて、筋肉だって少ないと思った。
 この檻の中だからこそ、ここまで育ったのだろうと思わせるものだった。
 しかもシヤは、男だった。
 ようやく少年の域を脱したぐらいに若いとはいえ、同性を美しいと賛美するのは抵抗のある行為のように頭の隅で感じたが、不満はすぐに消えたから素直に讃えることが出来た。
 シヤは美しい。
 長い髪も、傷一つ無い肌も、爪の先までも、声だってすべて美しかった。
「あの、お名前を教えてください。お名前が無理でしたら、なんでもいいです。話してください。わたしに声を聞かせてください」
 甘えたように擽ったい声で、嬉しそうに悲しそうに訴えられて、レグルは口を開く。
 レグルは元々、無口な質で無愛想とも非難される男だったが、これ以上シヤを無視することは出来そうになかった。
 レグルが黙っているとどんどん、眉根が寄せられてゆく。
 いい年の男がたとえ切なげに泣こうが知ったことではないはずなのに、そうさせたくないという心地にさせられてしまう。
・・・まいったな。
 心の奥で呟いたあと
「レグルだ」
 短く名を告げると、シヤは楽しげに小さく数度レグルと唱え、
「レグル、さん!」
 レグルを見つめてはっきりと口にした。
「レグルさんは、この辺にいらしたのははじめてですよね。今日まで、風に混じるあなたの匂いも知らなかった」
 レグルは、思わずふっと笑った。
 めざとく見逃さなかったシヤがすぐさま訊いた。
「どうかしましたか?何がおかしかったのですか、教えてください」
「・・・ああ、ただ少し・・・」
「少し、何でしょう?」
「あんたでも嗅覚があるのかと思って・・・」
 言ったあとで、かなり無礼なことを言ってしまったと気が付いた。
 だから今度はレグルは苦笑を浮かべ、シヤは純粋にレグルの表情が弛んだことを喜んだのだ。
 檻の柵に手を伸ばせば届くほどの位置までレグルは歩み寄っていた。
 シヤをつぶさに見たかったためだ。
 けれど最低限の警戒は敷いていた。
 レグルの背後には、広がる退路、前方には檻の柵だったが内から腕を伸ばされれば辛うじて届きそうだったが、そうなれば力負けして引き倒されるのはレグルではなくシヤの方だと思った。それぐらいの自負はある。
 檻の中央に置かれた大きなソファーの色とりどりのクッションに埋もれるように寝そべっていたシヤは、レグルの気配を敏感に察して立ち上がっていたが、その場所だった。
 柵際までは近寄ることはしなかった。まるで無頓着のようでも、シヤの方も突然現れたよそ者にちゃんと警戒はしているのだろう。それで良かった。
 でもシヤは笑っていた。
「嗅覚は、あることはあるけれど、たぶん弱いと思います。きっとあなたと比べると、いろいろなところが劣っている・・・」
「そんなことはーーー」
 先に暴言を吐いたのは自分だったので取り繕うための社交辞令だったが、最後まで口に出すことは出来なかった。
 頭を振ったシヤが、静かに言う。
「それぐらいは自分でも、わかっています。外にだってほとんど出たこともないのです。わたしは、世間知らずで、おかしいところばかりでしょう」
 自嘲的だったが真面目で、今度はレグルもおいそれとは否定できなかった。
 シヤのしなやかな四肢。
 銀色の髪と黄金の瞳、白すぎる肌も、同族として違和感の感じるものでしかないのは事実だ。
 あるべき姿を意図的に歪められてしまっていると感じた。
 飼われている奴らのなかには、強くあるためではなく愛でられるために生まれる子がいると聞いたことがある。
 子が少しでも楽に上手く生きられるようにではなく、囲うものらの都合で、心地よく眺められるような姿を持つのだ。
 そうして全く違う価値観のなかで何代にも渡って生きている仲間は、もう同種とは言えないのではないかとレグルはシヤに薄ら寒いものを味わっていたが、そんなことは伝えなかった。
 シヤに話しても仕方がないはずだった。シヤが望んである生き方でもないだろう。
 檻から出ることも出来ずそこで生きているシヤには、今、目の前にある自分の時間を生きる以外はない。
「おかしいが、悪いところばかりじゃない・・・」
 レグルはぼそっと言った。
 シヤはレグルを見つめたまま首を傾げて、言葉の続きを待っている。
「あんたのように白い奴ははじめてだが、白いのも存外、悪くない・・・」
 シヤにつられて、こっ恥ずかしい台詞を言わされることになってしまったレグルは無表情の下で冷や汗をかいていた。
20141128

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