しあわせのおまじない


「ーーーああ。開けられたね・・・」
 レグルの表情は喜びに溢れていたが、ザフィネの方は目を逸らすようにどこか歯切れが悪く答えた。
「なんて女だ。おまえは凄い!!良い女だな!!!」
「・・・いや・・・褒めてくれるのは嬉しいが、たぶん、あとでがっかりするぞ?」
「は?」
「・・・だから、こんなことは一度切りだ」
「なぜだ?」
「なぜって、鍵が勝手に開けられたと知った主は、放っておくと思うか?」
 答えられないレグルに構わず、ザフィネは続けた。
「檻を別の物に変えてしまうだろう。だからやっとコツを掴んで開けられた技ももう通用しなくなる。一からやり直しだ・・・」
「・・・そうか・・・」
 だろうな、と思った。
 一度逃げられたあと、もう二度と逃げられないようにと主が檻を強固にすることは当然で、理解が出来ることだった。
「じゃあ、その一度でいいから、俺の檻もーーー」
「無理だ」
 聞き返す必要もないはっきりとした即答だった。
「なぜっーーー」
「檻が、シヤの物とは違う」
「よく見てくれ、ちゃんとよく見てから言ってくれっ!」
 溜息を吐いたあと、ザフィネは鍵が付く扉の前まで歩いて行き、一瞬止まった。
 でもすぐに戻ってきた。
「無理だ」
「ほとんど見てなかっただろっ!」
 レグルは噛みつくような勢いで言った。
「見たよ」
「見てない!」
「見たって。この檻、根本的に違う。最先端だな。鍵穴が無いんだ。一瞬見ればそれはわかる」
「レグル・・・?」
 シヤごとずるずる床に座り込んでしまったレグルを心配してのことだったが、シヤにもレグルの落胆する気持ちはわかるのだ。
 自分の扉を開けて、レグルに会わせてくれると言いだしたザフィネに、シヤもとても驚き喜んだ。
 自分に会いに来て話をするわけでもなく檻の前に毎日のようにやってきて、扉を触ったり眺めたりと張り付いていたザフィネの理由がわかった気がした。
 ザフィネはずっと一人で檻の扉と闘っていたのだ。
 そして開ける方法をついに見つけ出した。
 でも、同時に、これは一度しか通じないことで、二度目はないと教えられた。
 主が檻の扉の仕組みを変えるだろうからとも、だ。
 シヤも納得した。
 でも一度でもいいから、レグルに会いたい。
 今、会うためにその一度っきりを使ってもいいと考えて、返事をしたのだ。
「レグルに会いたい。今すぐに会う!」ーーーと。
「ザフィネが、レグルの様子を話してくれるからわたしは平気だよ。レグルが無茶をしない限り、わたしもしないよ。レグルは約束してくれたから、それはもう大丈夫だよね?」
「・・・ああ・・・」
 失意の、レグルらしくない張りのない声に心配になってくるがシヤは、ひたりとレグルの黒い瞳を見つめ続けた。
「きっとそのうち、ザフィネがレグルの檻や新しいわたしの檻の開け方を見つけ出してくれるよ」
「無理を言わないでくれ。一つ出来たからと言って、全く別もんの開け方がわかると思わないでくれよ。迷惑だ」
「・・・口が悪くて、そういうこと言っても、ザフィネは優しいから。フィーノに大怪我させたわたしを殴ったりもしなかった、許してくれた・・・。だからね、きっとまた開け方を探してくれると思うから・・・そんなに気落ちしないで・・・」
 シヤに慰められる恰好になったレグルが、ようやく頭を上げて、自分を心配そうに見つめる金の瞳に合い、苦笑を浮かべた。
 そして、その背後に立つ腕を組む大柄な女からも真っ直ぐに見られていることに気付き、さらに苦い笑みを深めるしかない。
「ーーー交わした約束は守るさ。・・・ただ一つ、俺からも頼むよ、俺の檻の開け方を探してくれ・・・」
 前半部分は二人へ、特にシヤだったが。後半はザフィネに言った。
「ああ。わかった。頼まれるよ。それに、頼まれなくてもレグルの檻はね、私もレグルのいる中に入りたいからな」
 ぬふふふふと意味深に笑うザフィネに、レグルは応じる。
 大人の会話だった。
「そのときは、男の沽券に掛けて、何度でも、新しい鍵を開けたくなるほど愉しませるさ」
「おう、言ったな!そのときになって逃げるなよ。私が満足するまで離さないからな」
「言ってろ!その口に、俺に哀願し、泣きをいれさせる日を楽しみにしているぞ」
「うは!最高だね、やっぱ、あんた、いい男だ!俄然やる気になったね、待ってろ、そうそうに開けてやる!」
 大人の会話なので、わかるところはわかるけど、一部理解できないところがあり首を傾げて黙って聞いていたシヤだったが、自分一人が取り残されていることを感じて不満顔になった。
 シヤの憮然とした様子に気付いたレグルがすぐさま機嫌取りをする。
 腕を伸ばして、膨らんだ頬を指で軽く弾く。
 レグルの意識が自分に戻ったことで、シヤの機嫌は簡単に回復した。
「今日はずっとここにいるよ。檻に帰ったって、主が戻ったら檻の異変に気付いてしまうだろうから。だったら、主が戻って、わたしを捕えに来るまでずっとここにいる」
「ーーーああ。それは嬉しいな」
 レグルの微笑みに擽ったそうに、シヤはふふふと笑った。
 その可愛らしさが、またレグルを擽ったくさせたことをシヤは気付いたかどうか。
「今日は、レグルは檻から出られないけど・・・。前にレグルはおまじないをしてくれたよね、覚えている?」
 ああと、頷いた。それはたぶん、青桃をシヤに渡したときのことだとレグルは思った。
 きちんと跪いて居ずまいを整えたシヤが両腕を檻の中に差し入れ、レグルの頬をそっと挟んだ。
「わたしも一つおまじないを知っている。フィーノが教えてくれた。・・・でもわたしはフィーノをしあわせにするどころか、酷いことしてしまったけど・・・」
 自分がやったことを思い出しのだろう悲しげに言ってから、気を取り直したように笑顔を浮かべた。
 シヤだけが持つ美しく綺麗な白い笑顔だった。
「これは、これから二人でしあわせになろうーーーっていうおまじないなんだってーーー」
 シヤはレグルを引き寄せると、唇を重ねた。
 それは、とても優しくて穏やかな口づけだった。








20160118

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