約束
 ふんと、ザフィネは反省する様子なく鼻で笑っただけだったが、レグルは必死にならなくてはならなかった。
「泣くな、シヤ。そんなこと、泣くことじゃない」
「だって、本当に禿げてるっ・・・」
 きっと今まで一度も禿げたことなど無いのだろう。
「禿だってすぐに戻る、すぐにまた生えてくる」
 ぐすぐす泣いていたシヤは覆っていた掌から顔を上げ、涙目で、首を傾げて見せた。
「禿は戻らないって・・・」
「誰がーーー」
 そんなことを言ったかと聞こうとして、途中で気が付く。そんなことを言って虐めそうなのが誰かなど聞く必要などない気がした。
 予想通りで、睨んだ先、ザフィネが悪びれる様子無く肩を竦めた。
「禿げたままで、戻らない奴もいる。若くない奴はーーーって、事実を教えただけだよ。間違っていないだろ?」
「シヤはそういう歳でもないだろ?」
「私はそんなことについては話しちゃいないよ。勝手に判断したのはそいつだよ」
 ザフィネの性格からすると、どうせ、誤解を招くようなーーーわざと誤解するように言ったのだろうと想像に難くない。
「禿げたところもすぐに・・・ほら、もう短い毛が生えてきている。ちゃんと戻るから安心しろ」
「・・・本当?」
「本当だ。自分で触ってみろ」
「触っちゃいけないって、余計に生えなくなるって・・・」
 シヤの後ろで、そっぽを向いてぺろんと舌を出しているザフィネと徹底的に議論したいと思ったが、今はややこしくなりそうなのでやめておいて、
「そういうこともあるが、おまえの場合は問題ない。だから、全部、安心していい」
 シヤは頭に触る代わりに、両腕をレグルに伸ばしていた。
 シヤを慰めるために身を屈めていたレグルの首に巻き付いて、再びぎゅっと抱きしめられる。
「全部、安心なんだね。レグルも、レグルの事ももうわたしは安心していていいんだよね、ねえ、レグルーーー約束して」
 それはもう禿の話から変わっていた。
 一度ははぐらかして交わした会話だったのに、再び持ち出されて、一本取られたとレグルは舌を巻く思いだった。
「全部、すべて安心だとわたしにちゃんと約束してーーー」
「・・・」
「お願い、レグル・・・」
「ーーーわかった・・・」
 約束をすることは嫌いだった。約束を破ることが男として己を許せない気がするからだ。
 だから極力しない、どうでもいいような約束しかしない生き方をしてきた。
 途中からは約束を交わすことの出来る相手に出くわすこともなくなっていたがーーー。
「約束した。俺自身の不測の事態が生じない限り約定を違えないよう誓うーーー」
 嬉しそうに表情を輝かせたシヤが何かを言う前に
「良くやった、シヤ。おまえもたまには、わりと役に立つ!!」
 歓声とも言うべき大声を上げて、後ろからシヤの白い頭を鷲づかみにして揺らすザフィネにーーーたぶん、彼女としてはシヤの頭を撫でているのだろうがーーーレグルの気持ちは沈む。
 これもまた、すべてザフィネの仕業、企みなのかーーー?
 俺はザフィネの掌の上で、シヤと一緒に躍らされているのかーーー?
 聞いたってこの女が素直に答えるはずもないので、無駄な質問はしなかったが・・・。



 それよりもずっとずっと、大事で大切なことだった。聞きたくて聞きたくてうずうずしていたが、場の空気を読んで控えていた。
 首にシヤをぶら下げたままのレグルは真剣な顔で聞いた。
「どうしてシヤは、檻の外にいるんだ!?」
「ザフィネが開けてくれた」
「開けた!?」
 レグルが色めきたつ。
「ザフィネ、おまえは檻の扉を開けられるのか!?」
20160118

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