シヤの禿げ
 無いはずのないこれからの時間を、屈辱と捉えるか、奇蹟的な幸運と前向きに考えるか。
 檻から出られない自由のない人生を、後者の楽観視として心から受けとめるには、まだまだ難しそうだったがそれを言いだしたら、生まれたときから檻の中で生きることを決められているシヤの人生とはーーーと再び思考の迷路にはまりそうだったから、考えるのをやめて、目の前を見る。
「レグル、レグル、レグル、ありがとう、レグルっ!!!」
「熱烈だねえ。・・・殴りたくなるほど」
 ザフィネらしい辛口だったが、檻越し、シヤから両腕を伸ばしむしゃぶりつくように抱きしめられるレグルも苦笑だった。
 細腕でもシヤの力は弱くないから、引き寄せられ檻に強く押しつけられることになって、がんがん顔を打つ。
「シヤ、少し落ち着け。少なくとも俺が自分の意志で立ち去ることはもう無いんだから」
 こう言うと嫌みっぽく聞こえたようで、
「んんっ・・・やっぱり、わたしのこと怒っている?」
 そっと体を離したシヤは上目遣いでレグルを見上げた。
 さっきまでの喜色は薄れて、不安げに長い睫が震えた。
 ああーーー美しいな、とレグルは思った。
 やはり、白く奇異なシヤは、ありえない生き物のように美しかった。
 創られた奇妙な存在であろうと、シヤはシヤだった。
 これがシヤなのだ。
「髪が短くなった」
「それは・・・」
 おどおどとシヤは金色の目をさ迷わせた。
「身食いをしたと聞いた。暴れたとも聞いた」
「ザフィネ!」
 シヤは言い訳をする代わりに、ザフィネを見やって唇を尖らせた。
「なんだよ、私に文句あんのか!?」
「なんで、そんなことレグルに言っちゃうのっ!」
「俺が食べないためだと聞いた。だから、食べるようにした。おまえももう暴れたりしていないんだな?」
「・・・うん、していない・・・」
 レグルに視線を戻したシヤは、こっくりと頷いた。
「でもね、また暴れるよ、レグルがまた食べなくなったらっ!」
「・・・それはそれは、困るな、俺が悪いようだ」
 そう言うと、またすとんとシヤは落ちる。弾けたと思ったら、沈む。なんとも気持ちの起伏の激しい、まるで子供のようなシヤだ。
「レグルが悪い訳じゃないけど・・・悪いのは、たぶん、レグルを檻に閉じ込めることを望んだわたしで・・・でも、レグルが檻から出るために食べ物を食べなくなって苦しんでいるなんて、想像するのも苦しいから・・・もうしないで欲しい!」
 シヤは言葉を変えさらりと言ったが、要するに、死ぬ以外にレグルはもうこの檻から出られないと、シヤも思っているのだろう。
 死ぬはずだった人生のなんて素晴らしきかなーーー。
 腹の底から苦い笑いが込み上げてきたが、レグルは無視して、腕を上げた。
 なるべく優しげな他意のない笑みに出来ただろうか。
「髪がざんばらになってしまったな。額や腕、あちこちに傷をこしらえたものだ・・・」
「髪なんてすぐに伸びるよ、傷ももうすぐ治る。ちゃんと元に戻るよ、だから嫌ったりーーー」
 シヤの言葉が途中で途切れたのは、レグルの掌が触れたためだ。
 シヤは本人の許可を得るのも忘れて、レグルにしがみつくように抱きしめていた間もレグルの方はされるがままで動いてはいなかったのだ。
 レグルの指が優しくシヤの髪を梳くように滑った。
 背を覆うほどあった髪は今は、短いところでは肩にも届かない。
「酷いことをしたな、禿げてるぞ」
 小さな禿だったが、引き毟ったときの痛みを思うとレグルの心も痛い。
 でもそれほど深い意味で言ったわけではなかったが、思ったより激しい反応が返ってきた。
「なっ・・・それ、は・・・言わないでっ・・・」
 シヤの顔色が大きく変わって、よくわからなかったが、しまったと思った。
 やっぱり遅かった。もう取り繕う隙無く、
「すぐに生えてくるもんっ、ちゃんと戻るものっ・・・!」
 毛が毟れてはげることなど、敵に出くわして抗戦したりすれば珍しくもないことで、レグル自身、ちょっちゅうだったので詰責や悪意があったわけではなかったのだが、生き方が違うシヤには全く通じなかった。
「ああ〜、レグル。泣かせた。それを弱いもの虐めって言うんだぞ〜。酷いなあ、レグル。シヤは頭がとっても弱いのに〜〜〜」
「おまえが一番酷いことを言っているんだろうがっ!」
20160118

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