新しい世界
 レグルの狭い世界には、相変わらず訪問者があった。
 自由に動き回ることが許されているザフィネだ。
 この女は主に信用されているのか、檻に入れられず、自由に主の館の中を歩き回れる。でも屋敷の敷地外には出られない。レグルの檻よりは広い檻の中に入っているのだ。
「おい、元気かい?」
「・・・」
「無視すんなよ、ガキっぽいぞ」
「・・・元気かどうかよくわからん・・・」
「傷の具合が悪い訳じゃないんだろ?」
 心配そうに言うザフィネに、レグルは相変わらず覇気のなくたんたんと答えた。
「腹の痛みも、傷の痛みも、ほとんどなくなったよ。俺は感謝すべきなのか?」
 皮肉っぽい苦笑混じりの感情が浮かび、見逃さなかったザフィネは静かに答えた。
「感謝しなくてもいいんじゃないのか?誰に感謝するつもりなんだ、主か、それともあんたをとっ捕まれたシヤにか?」
 レグルは、ふんと鼻を鳴らした。
 感謝など出来そうになかった。そのうちには良くやってくれたのと感じるようになるのかも知れないが今はまだ、無理そうだ。
 レグルは床に大の字に転がったままだ。ザフィネが来ても起き上がることもしなかったが、ザフィネも咎めない。
「・・・まあ、元気だってことだね。ならさ、あんた、シヤに会うか?」
 ぼうっと天井を見上げていたレグルが耳を疑い、首を回してザフィネの顔を見ると、ザフィネは、ふむと頷いた。
 がばっと起き上がったレグルは一気に立ち上がった。
 ザフィネの前に向かい合っていた。
「鮮やかだねえ。腹を切って縫ったというのに、もうそんな動きが出来るようになったのか?」
 確かに激しい動きに傷口は少し痛んだが、耳にした発言の驚き具合に比べたら屁でもない。
「もし会いたいと言えば、会えるのか!?」
「私としちゃあ、あんまり会わしたくないんだけどさあ〜。なんせ、一応さあ、私の恋敵ってことになるからなあ、あんなでも、一応ねえ〜」
 血相を変えるレグルの前で、ザフィネは焦れったいほどののほほのんだったが、わざとだろう。嫌がらせだ。
「おい!」
「怖いねえ、なんて顔だ。そんな顔するんだったらーーー」
「レグル!ーーー」
 ザフィネを遮るように響いた声は、間違いないシヤの声だった。
 ちっとザフィネがガラ悪く舌打ちした。
「あのやろう、いいっていうまで大人しく待てってあれほど言ったのに、聞きやしねえ・・・」
 低いドスを利かせた声はザフィネの独り言で、レグルの知らないところでいろいろ取り決めがされていた様だが、段取りを無視して、物陰から飛び出して現れたのは紛れもないシヤ本人だった。
 檻の中のレグルに駆け寄ってくる。
 出会ったときとは逆の状況だったが、二度と適うまいと思っていた再会だった。
「どうしてーーー」
 檻に入れられているはずのシヤが、レグルの前に現れるなど信じられないことだった。
 喜びと、驚きに呆然と立ち尽くすレグルに、シヤは至って元気だ。
「レグル、レグルっ!やっと会えた、もう体は平気?」
「ああ・・・」
「わたしのこと、怒っているの?・・・でも、レグルが死んでしまうなんて嫌だったんだ、嫌われてもいいからわたしの側にいて欲しいと思った・・・」
「ああ・・・」
「でもやっぱり、嫌われているのは嫌。どうかわたしを許して欲しい、お願い、レグル・・・ねえ、レグル、わたしのことを許してーーー」
「こいつは恥も外聞もないからねえ。今にも泣き出しそうだから、何か答えてやりなよ、レグル」
 ザフィネの普段通りの皮肉げな声を聞いて、我を取り戻したレグルが口にしたことはーーー。
「わかった、許すーーー」
 思わず相手の勢いに押されて、言ってしまってから少し後悔したが、口に出してしまった言葉はもう戻らない。
 だから同時に、これでもういいのかも知れないと思った。
 もう時間はとうに動き出してしまった。
 シヤに捕まえられてから、ぼんやりとしていた頃もあり、はっきりとは掴めていないがずいぶんと時は流れたはずだ。
 そのほとんどは、本来レグルには残されてなかったはずの時間だった。
 でもこうして俺は生きている。
ーーーただし、檻の中でだが。
20160118

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