シヤ
「今日はお土産を持ってきてやったよ」
 涙で訴える方法はもう飽きたようだ。さばさばした口調はザフィネの本来らしい口調でほっとした。
「おい、少しぐらい見ろよ。持ってきてやったって言っているんだからさ。そんな態度は礼儀違反だろ?」
 渋々体を起こしたレグルの鼻に、その臭いは届いた。
 振り返ったレグルは、ザフィネがお土産だと、レグルの檻の中に放り込んだものを見た。
 それはーーー銀色の長い髪だった。
 髪が一束。間違いなくシヤの髪だった。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。私が引き抜いたんじゃないさ」
「じゃあ、なぜだ?」
「あいつが自分で毟ったのさ」
「なっ・・・」
「あんたの所為だよ」
「どうしてだ!」
 ザフィネは大きめな口を歪めて不機嫌そうに言った。
「あいつは馬鹿だからね。こんなことしても何の意味もないのに、さ。私は、あんたの様子を毎日しつこく聞かれていた訳。で、報告した。食べない、今日も食べない。泣き落としも無駄だった、死ぬつもりだろうって。そうしたらいきなり、暴れ出しちゃって」
「・・・暴れた?」
「檻から出るんだって、体当たりを何度も何度も繰り返して。こっちもあいつの檻に自由に入れる訳ではないからさ、止められない。で、自分でも何度やったって檻が壊れることは無いんだって感じたんだろ、そうしたら身食いをはじめやがった。髪を引き毟り、腕や脚、そこら中に牙を立てて噛み、体中を爪で掻きむしった」
 驚きに言葉もないレグルに
「今はクスリを打たれてぼんやりしているよ。それに拘束帯で自由を奪われているから安心していい」
 肩を竦めて、ザフィネは言った。
 安心していいことなのか?
 一筋の怒りを感じたレグルだったが、ザフィネは真っ直ぐ挑むような目でレグルを見つめて口を開いた。
「あんたもだよ」
「なんだと?」
「あんたも、そうなるだけだよ。大人げなく絶食を続けると自由を奪われて、処置されるだろう。誇りと意地なんだろうけど、通じやしない。絶食したって死ねやしない。無駄さ。冷静になって考えてみろよ、あんたのような貴重な原種をむざむざ失うことなどするわけがない。それにあんたの望み通り、あんたを殺させるぐらいなら、最初から腹のでき物を治すわけない、捨てておくさ。あんたは、囚われたんだ。シヤに並ぶ、いやシヤ以上の一等品だ、大切に厳重に管理されるだろう。あんたの一生は、わたしらと一緒で、あんたの自由にはなりやしないんだ」
 ザフィネの言葉がすべてとは言わないが、正しいと感じるからこそ、激しい怒りが込みあげる。
 今更、もう自分には自由は戻らない。
 屈辱感が憤怒の炎となってレグルを支配しようとしたとき、ザフィネはそっと声を和らげて続けた。
「でも、あんたに出来ることがあるよ」
 射殺されそうだと感じる険しい視線を真っ直ぐに受けてもザフィネは少しも怯まなかった。静かに語った。
「あんただけが出来ることだ。シヤのことだよ。ーーーあんたがシヤを心配させるようなことをしなければ、あの子がとち狂って馬鹿をして、クスリを打たれることなく済むんだ。・・・あのクスリは良くない。クスリの効果が切れた後もしばらく影響が残るんだ。それだけじゃなくって・・・クスリを打たれた後明らかに、それまでと様子が変わってしまった奴もいるから、あれはあまりいいものじゃないんだ」
「俺を脅しているつもりか?」
「そんなつもりはさらさらないさ。それともこれはあんたに脅しとなるのかい?」
 レグルの威嚇にザフィネは薄く笑った。
「ただ頼んでいる。いろいろ後悔しなくてもいいように、私が、だよ。そんな嫌な思い出ばかり増やしたくない、私は小心者だから、少しでも楽しい気分で生きたいんだ」
 改善が見られないなら、シヤは、明日またクスリを打たれる。
 ひっそり言い残して、ザフィネは去っていった。



 そもそもこんなことになったのは、シヤのせいだ。
 シヤがザフィネの奸計にそそのかされたために、レグルは檻に入れられるようなことになってしまったのだ。
 レグルの立てた人生計画は大きく狂わされた。囲いものの立場に陥った。
 恨みさえすれ、あいつのため、あいつの身を案じて助ける筋合いなどない。
 クスリの危険性はシヤだってわかっているはずだ。
 わかっていてやっているんだからーーー。
 怒りが噴き上がる。
 どうして、俺がーーー。
 レグルは荒れ狂う気持ちのままに柵に体当たりをした。
 今ならこんな檻ぐらい壊せると思った。
 何度も何度も繰り返した。
 檻はびくともしない。軋んだのはレグルの体だった。
 痛い。
 体中痛い。傷も痛んだ。
 疲れた。
 疲れて、疲れて、疲れてーーー。
 疲れすぎて、もう立つのが嫌になった。

 喉がからからだった。
 腹が、空いたーーー。



20160118

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