ザフィネの思い
 またしばらく眠った。
 もう目など覚めなければいいと思ったのに、覚めた。
 体が少し軽くなって、動けるようになっていた。
 でも檻の中だ。動いてゆく場所がなかったからもう一度目を閉じようとしたが気が変わった。
「見ていると面白いのか?」
「ああ。でも面白いというのとちょっと違うな、見ていて喜びを感じる。いい男だなあと思って」
「・・・そうか。残念だ、俺は男を見て喜ぶ必要がない」
「あはん、必要なくてもあんただって、男見て喜ぶじゃないか。・・・まあ、あいつがいい男かどうか、大きな意見の相違があるみたいだけどさ」
 ザフィネが暗がりに埋まっていた。
 大柄な体付きで威圧感も強い。でも気配はなかった。
 この女は外の世界でも十分生きてゆくだろうなと思った。
 生き延びて多くの子を産み育てる。
 彼女が産む子は、男が黒いものだろうとほぼ新生の匂いの強い子であり、ますます古いものたちは駆逐されてゆく。
 レグルの考えていたことが伝わったのか、ザフィネは言った。
「ほんの少しだけだけど覚えている。私の母親は黒い姿をしていた。純粋じゃないよ。父親も姿は違ったけどわりとその系統の血を持っている。あんたにとって、結構ましな子を産んでやれると思うんだ・・・」
「どうしておまえはそんなことにこだわるんだ・・・」
「自分でもよくわからないよ。たださ、一度ぐらい自分で惚れていいなと思った相手の子を産んでみたいと思ってもべつに不思議じゃないかなって、ね。・・・産んだ子のほとんどはすぐにどこかに持って行かれてしまうんだけどさ、あんたにそっくりな子を産んだら、貴重だから全員ここに残されると思うんだ、そうなればいいことずくめだ・・・」
 ザフィネはどこか寂しそうだった。
 だから思わず、
「フィーノがいるだろ。あの娘の怪我はひどいのか?」
 ザフィネは静かに否定した。
「大丈夫、回復しているよ。でもあの子も貰われて行くことになった。シヤとの相性が悪いってことで。あの子は綺麗だからきっと行った先で、シヤなんかよりももっといい相手と番わされて、綺麗で可愛い子を産むよ・・・」
 レグルは言葉が見つからなくなって口を閉ざした。
 娘との別れを悲しむザフィネを励ましてやりたいとも思ったが、何を言えばいいのかわからなかった。それ以外のもっと大きなことに悲しんでいるような気もしたが、だとしたら余計に言葉は見つからないだろう。
 他にやることもなく、レグルは横たわって再び眠ることにした。
「おやすみ。良い夢をーーー」
 目を閉じるとき、背を向けたザフィネから穏やかな声が届いたが、悪夢を見そうだと思った。


 腹が空いた。
 空腹感を覚えていたが、それを食べる気にはなれなかった。
 いや、ここでーーー檻の中で、得体の知れない物を食いたくなかった。
 匂いは美味そうなものだったが、なんだかわからない細切れの物。
 レグルに与えられた餌だ。
 どのくらい食べずにいたら、動けなくなるのだろう。
 動けなくなったら、あとどのくらいで心臓が止まるのだろう。
 傷が癒え、体が回復してきているのを感じるから、とてもーーーひどく苦痛を味合わないと終われないのだろうなと、レグルはぼんやり考えていた。
 檻に掛けられていた暗幕は取り払われてレグルに自然光が降り注いでいた。
 しかし風はやってこない。風や土の匂いも一切ない。外の世界の森や空が見えるが遮断させた内側だった。
 遠くになってしまった風景を見つめることしか、レグルにはすることがなかった。
 口の中が乾いてきていた。
 それでも檻に設置された管から、水を飲むのを考えるとぞっとする。飲みたくなかった。
「おい、元気かい?」
 またうるさいのがやってきたと思った。
 いつまで意地を張るつもりだ、男らしくないぞ、から始まって、機会を狙うには食べて、体力を付けておかないといけないだろ、と数日叱咤され続けた。無視していると、その翌日は方向性が変わった。
 あんたのことを思うと、こっちの食欲もなくなっちまうよ、と切なげに訴えられたが、相手はザフィネだ。
 背筋が寒いと聞き流していると、台詞は進化を遂げて、男なら女の頼みを聞いてくれ、一つでいいから、あんたのことが心配でたまらないんだーーー涙を浮かべたザフィネに、レグルは器用だなと思った。
 小芝居など必要な女ではないだろうにーーーああ、でも女傑なら小芝居ぐらい平気でこなすのかとすぐに納得した。
 今日は何を喋るのだろうかと待ってしまう。
 変化のない時間の中でザフィネの存在は良い暇つぶしになっていたから。
20160118

前へ 目次 次へ