絶望
 長い眠りだった。
 深い眠りだった。
 こんなに寝るとは、生まれて初めてのことだった。
 夜陰はレグルの友だったし、眠るときは絶えず耳を澄ませ、感覚を休めず、浅い短い眠りを繰り返さなくてはいけない。
 いつ敵に襲われるか、わからないのだから。
 だから、深い、真っ暗な眠りから覚めたとき、レグルはいろいろがわからなくなっていた。
 ここはどこだ。なぜここにいる。
 俺は、どうしてここにいる。
 ここはどこだ。
 ここはいったい何だーーー。
 起き上がろうとすると、体が泥袋のように重くて動かないことに気が付いた。
 それだけでなく、力を込めようとして、腹が焼けるように痛んだ。
 でもその痛みが、慣れ親しんだものとは少し違っていることを感じていた。
腕だけを動かして、腹を触ってみたが布が巻かれていて痛む箇所に直接触れることは出来なかったが、でき物のために腫れ上がってできていた歪な腹の膨らみが無くなっていることがわかって、レグルは愕然となった。
 レグルの腹の中で大きく育ったでき物は、レグルの命を喰いそうとしていたはずだ。
 もうすぐ喰われ尽くして死ぬ。
 レグルに未来はないと覚悟を決めさせたでき物は、レグルの体から消え失せていた。
 喰われなくて済む、と思ったが喜びは少しも感じられなかった。
 それどころではないというのが、本音だった。
 薄暗くて狭い空間だった。
 体の下の柔らかな敷布以外、すべて硬質に尖った世界に置かれていた。
 異質な空気、硬い地面、ぐるりと取り囲む鈍く光る仕切り。その先にはゆけない閉ざされた檻の中だった。
 自分は檻の中に入れられている。
 独りきりだ。檻としてはシヤの檻よりはるかに狭かった。
 満足に立つことも出来ない今のレグルにはそれが相応しいと言われているような絶望感が心に湧き起こっていた。
「ああ、良かった。目が覚めたんだな」
 薄闇に光が差したと同時に記憶にある声がした。
 ザフィネだった。
 檻に掛けられた暗幕を潜って内側に入ると、再び薄闇が戻る。
「ーーー良かった?」
 予想以上の怒りがこもった声になっていたがレグルは続けた。
「何が良かっただと?」
「・・・良かったよ。死ななかったんだから」
 ザフィネのあっけらかんとした明るい声が腹立たしかった。
「そんな怖い顔すんなよ」
 女は指先ほども恐れていないことは明らかだった。
「あんたは死ぬつもりでいた。でも死なずに済んだんだ、喜べよ」
 どんな呪いを吐いても足りない憤怒に体が焼け焦げそうだった。
 でも、実際にはそんなものでは焼けないのだ、火まるけになって死ぬことなど適わないのだ。
 上体を起こして、ザフィネを睨みつけているだけで必死な状態だった。
「・・・って言っても、簡単には無理か・・・」
 レグルから視線を逸らさず真っ向から受け、威嚇するように睨み返していたザフィネがふっと折れていた。
「心中、お察しする・・・と言うのも無理なんだよな。私はあんたと違って生まれてからずっとこの世界に生きているんだ。あんたが今まで生きてきた外の世界を知らない」
 言葉に詰まったレグルに、ザフィネは困ったような笑顔を向けながら
「それでも、私なんかは、若い頃はここから抜け出そうと思ったこともあるんだよ。馬鹿な奴だと仲間に笑われていたけど、憧れた。だけど、駄目だ。何度やってもたいしてゆかないうちに捕まって引き戻される。必死に隙間を探して、体をねじ込んで、こっちは満身創痍だっていうのに、外に出て自由だと感じた途端、楽しむ暇なんてあったもんじゃない、あっという間だよ。それで知ったんだ。体の中に何かが埋められていて、居場所を知らせているんだって。馬鹿らしくなって、もう本気で外に行こうなんていう気も失せたけどね」
 それはザフィネの言い訳だろうか。
 自分が外に行けないから、逆恨みで、外にいるレグルを引き込んだのだろうか。
 でも、理由にならないと思った。
「俺を捕らえられて、嬉しいか?」
「あんたでも頭に血が上るのか」
 ザフィネがからっと笑って、レグルはいらっとした。
「私があんたを捕らえたわけじゃないだろ」
「おまえがシヤをそそのかしたーーー」
「違うよ。シヤでもない。あんたを捕まえたのは主だ。私らにそんな力は無いよ」
 少し怒ったように言うだけ言うと、ザフィネはさっさと暗幕を出て行ってしまい、憤懣やるかたないレグルだけが取り残された。



20160118

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