花の傷

「傷ーーー?」
「顔だけじゃない。・・・身体にもあるの、大きな怪我の跡。服を着ていたら隠れていて見えないけど、顔よりもひどくて、自分で見たってぞっとするぐらいの跡がある・・・」
「おまえ、またそれを言うんだ。・・・本気で思っているんだな・・・」
ヴァルグの声は少し低くなっていて、気分を悪くしているのが伝わってきたから、エリスは焦った。
エリスだってこんな話をしたくはないけれど、話を持ち出したのはヴァルグのはずだ。
ヴァルグが伴侶だなんて、悪巫山戯だとしても言い出すからちゃんと言わなければと思った。
「おれにはわかんねえ」
エリスが口を開く前に、ヴァルグが言った。
「おまえのここに傷があるってのはおれだって見えるしわかるよ」
自分の頬に手を当てながらヴァルグが言った。
「れどそれって、そんなものなのか?目に入らなくて良かったじゃないか。もう少しずれたら目を失っていたぞ。それに結構古い傷だよな。人間なんて弱いのに、そんな子供の頃に大怪我をして、それでもおまえは回復させて今も生きている。???それを誇らしいとは思わないのか?」
真っ直ぐとエリスを見据えて。
ヴァルグの声と表情は紛れもなく本気で言っているのだと感じた。
理解できなくて、不機嫌なのだ。
意味がわからない。
何度も言われて、それが目の前の人間の少女にとってひどく深刻なのだとは理解する。
でも醜いと繰り返されても、ヴァルグは困る。返事の仕方がわからないのだ。
傷は認める。
確かにあって目に付くけど、醜いとは思わない。
「薄い肉色が花びらのようだ。一瞬見ると、おまえの頬に大きな花が咲いているようだ。おまえの傷跡はとても綺麗だ。おれにはおまえの言っている感覚がわからない」
ふて腐れたように言い放ったヴァルグに、エリスはーーー。
見つめて、見つめられて。
先に沈黙が堪えられなくなったヴァルグがくるりと背を向けた。
「傷ならおれにもいろいろあるぞ。見せてやる。見えるか?」
小さなランプの薄明かりでもはっきりと見えた。
大小の蛇が、まだ大人とは言いがたい少年の背に這い回っていてようだった。
エリスの頬の傷跡のように赤味はなく、比べたなら自分の傷は桃の花のような色をしていると思った。
でも花の様とはーーー。
まるで褒められたように聞こえてしまって顔が熱くなった。
「まだ他にもあるぞ。ああ、尻の傷が結構最近で、相手も悪くて大きく裂けて大変だったんだ」
ヴァルグは言いながら、これも見せようと下衣に手を掛けていそいそと脱ごうとした。
「あ、それは待ってっ!」
「見たくねえのかよ?」
振り返って不愉快そうに首を傾げられても、少し困る。見たい気はちょっとするけど、女の子として、竜だと言っても男の子にお尻を見せてもらうというのは破廉恥なのでは・・・。
「だってっ・・・」
「なんだよ。はっきり言えよ、わからねえぞ」
「お尻はもっと親しくなってからでいい・・・ヴァルグだって恥ずかしいでしょ・・・」
「ん?おれは、べつに・・・」
基本的に人間に化けていないときは裸なので、服を脱いで恥ずかしいという感覚は薄かった。
でも今、エリスが婉曲に言おうとしているのは、ヴァルグのことではなく見せられたらエリスが恥ずかしいということの方だと気付いた。
まあ、人間はあまり人前では裸にならないようだから。
ある程度育った大人が裸になるとしたら、体を洗うための水浴びか、繁殖行為???交尾のためぐらいのもの。
「うわっ。おれそんなこと、おまえに求めてないからな!おまえが、傷、傷っていうから親切で見せてやろうと思っただけで」
慌てて言いながら、求めるだなんて言った自分にさらに焦って説明を重ねた。
「おれはまだそういう時期じゃないんだっ!あ、けどそれはおれが餓鬼ってことじゃない、ただまだ季節が合わないっていうか、時期が一度も来てないってだけで・・・」
思わず剥きになって説明してしまった後、かなり余計なことまで口走ったなとヴァルグに沈んだ。
でもすぐに、良かったこともあったと思い直した。
ヴァルグの剣幕が面白かったか、それとも一度も繁殖期を迎えていないことを馬鹿にされてのことか、よくわからなかったが、それまで強張った顔をしているか泣きそうかのどっちかだけだったエリスが別の顔を見せた。
くすくすと笑ったのだ。
花がほころんだような笑顔だった。
ヴァルグは、エリスの傷の色を花びらと感じ、最初から花をイメージしていた。
でもまだ硬い冬の日の蕾だった。その蕾がわずかに開いた。
だから、良いかと思ったのだ。
楽しそうに笑っているところを見られて、たとえ馬鹿にされたのだとしても、まあ、いいやという気になったのだ。






20151230
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