ずれ

「おい、おまえ、どうしたんだよ!」
きつめの声が耳に飛び込んで、エリスはぼんやりと目を覚ました。
「どこか痛いのか?怪我をしたか・・・いや、したな・・・けど命に関わるような物じゃないぞ、だから泣くなよ、びびるだろっ!」
矢継ぎ早に言われて驚いた。でもそれで眠りながら自分が泣いていることと、怪我をしたことを知らされた。
教えてくれたのは・・・そう、ヴァルグ。竜が人間に変身して少年の姿をしたヴァルグ。
「ここは・・・」
怪我と言われても、エリスは身体を起こして座ることが出来た。
だったら、落馬の怪我とは比べられいほど軽い物だ。
草むらの上に横たわっていたようだ。
そして目を前には、半裸のヴァルグは心配そうな怒ったような顔をして睨んでいる。
「落っこちるなっていったのにっ!」
「・・・ごめんなさい・・・」
謝ると、ヴァルグはすぐにふいと横を尾向いた。
「おまえが落ちるからさ、おれも驚いて慌てたんだよ。地面にぶつかったら、人間のおまえはあっさり死ぬだろうし、で、もう必死に反転して拾いに行ったんだ。
間に合って空中で捕まえたけど、捕まえたときに・・・」
ぶすっと不機嫌な顔がエリスの方に戻った。
「力のいれ具合がわかんなくてさ、結構しっかり掴んだらしくて、おまえ、怪我をした。血が出た」
ヴァルグは失敗だと思っている。
「悪かったよ。一応注意はしてたんだ。人間は脆くて弱いからさ・・・でも、おまえ落ちるから慌てちまってさ・・・」
ヴァルグが必死になって自分を空中で掴んでくれたんだと思った。
「ヴァルグはとっても優しいんだね」
驚きに包まれながらエリスは言うと、
「当然じゃん。おれのものなんだ。壊れたり死んだりしたら嫌だ!」
これにも驚いた。するとエリスの表情を見たヴァルグが険しい顔になる。
「なに、もしかして今さら、不満だとか言うつもりなのか!?無理だぞ!???おまえ、知らないのか。竜との約束は破れない。竜の力がおまえを縛る。破ろうとするなら痛い目を見るぞ?」
「・・・違う。・・・ただ、ヴァルグは本当に、わたしのことが欲しいと思っているのかなって?」
「はあ?思ってなかったら連れ出すと思うのか?」
憮然としたまま首を傾げて言って、それから先は顔を戻し整った造作をぐしゃっと顰めた。
「・・・おまえ、実は結構、馬鹿なのか・・・?」
とても答えづらい質問だった。普通ぐらいだと思っているたけど、尋ねられているからには馬鹿だと思われているのだ。
「自分をあげるとか、自分で言ったよな。おれもよく考えず貰ったけど。・・・おまえ、それ、どういう意味で言った?」
ヴァルグは真剣な顔付きだったが、聞いたエリスは、今さらの質問だと思ったから小さく苦笑した。
やっぱり竜だと人間とは考え方などいろいろずれているのだろうか。
ーーーずれているのだと思った。
「喰っていいという意味で言ったか?」
「え・・・そこまでは考えなかった・・・」
「ん、じゃあ、おまえの許嫁って男は嫌いだから、おれの伴侶になりたいとかそういう意味か?」
「えっ・・・」
それも違う。そんなことまでまったく思い付かなかった。
そんな風に思われていたとなると、なんだか困った。
一つ目の方が痛そうだけど、こっちの方がより困る気がした。
ただもう本当に漠然としか考えていなかったと教えられていた。
相手は竜だから、たぶん自分はすぐに殺されてしまうだろうとけど、目の前の一番の希望は達成されられるならいいかな。そのぐらいしか頭になかった。
「人間を伴侶にした奴って・・・いないことはないけどさ。・・・おれ、まだそういうこと、人間をとかがじゃなく・・・そういうこと自体、あんまり考えたこと無いんだよな・・・」
ヴァルグは困ったように独り言を口にしたからエリスは、びっくりだ。
「そんなんじゃないよっ!違う、そんなこと言わない、絶対言わないっ!!」
でも、考えてみてもいいけどーーーと続けようとしていたヴァルグが、拒絶されてしまって、かちんと頭に来てエリスを睨もうとした。
でもそんなことではないのだと見てわかったら、ただ見つめた。
エリスは涙ぐんでいた。
ヴァルグを見ていない。俯いて膝の上の握り拳を見つめていた。
そして涙を堪えるように何度か目を瞬かせると「そこまでは図々しくないから!」と怒ったように言った。
「・・・別に、図々しいとは思わないけど・・・」
「図々しいよ、そんなこと言えるような立場じゃないわ」
「なんで、だ?」
ヴァルグは本当にわからないから聞き返した。
まあちょっと浮かんだのは、人間だからか、だった。
人間は脆弱で貧弱で、無知無能・・・というところがあると思っているが、人間本人たちはそうとは思っていないようだ。だから不遜にも竜を狩ろうとして、その挙げ句、実際に竜が狩られてしまう現実もある。
なので幾ら人間だからと言って、エリスもそこまで卑下しなくてもいいと思ったのだ。
ヴァルグ自身も今までは考えたことはなかったけど、エリスから申し出があるなら真面目に考えてみてもいいかなと感じているのだから。
けど違った。
「・・・傷が醜い」

20151229
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