エリスのお願い

それがこんな自分より小柄な少女であったら、腕を掴んで引き離すことも怖くてしたくない。力配分を誤って握って、ぷちゅっと潰してしまったらーーー。なんだかとても嫌。一度失敗したハンターの大男のようにのたうって泣かれたら平気でいられない気がした。
「放せって、いい加減にしろ、怒るぞっ」
「お願い、わたしを盗んでいってほしいの!」
「は!?」
「わたしを、お願いっ、外に出たら捨ててくれてもいいのっ、だから今だけは連れてってっ!」
「なに言ってんの、おまえ?」
「家をするつもりだったの、でもあなたと話をし込んでしまってて、このままだとわたし、困るの!ーーー結婚させられるっ!!」
びっくり仰天。青天の霹靂。
そして、あんぐりだ。
「その男が、嫌なわけ?」
「そう、嫌なのっ、ぜったい嫌なの、貰われなきゃいけないんだったら、わたしはわたしを捨ててもいいっ!」
多くの人間の気配が近づいてくる。足音、息遣い、怒声、金属がたてる音は武器なのだろう。
他者に無断でねぐらに押し入られた人間がとる行動としてそれはもっとも至極のものだったが、対応に困るものは目の前の少女だった。
縋りつかれて、頼まれていた。
相手が人間じゃないことも、もうわかっているはずなのに。
「捨てるってなにを?」
少女は捨ててもいいと言った、なにを?ーーー少女、エリスはとても必死だった。
「わたしは、わたしを捨てる!貰われなくていい、醜いのはわかっているから貰われたくない、死ぬまでずっと貰われて生きるぐらいだったらっ、生きなくてもーーー」
若草色の瞳から大粒の涙を溢れさせ泣き出してしまった少女の頬に、少年はそっと指を添えて上向かせた。
「おまえが醜い?」
「・・・醜いよっ!子供の頃に顔に怪我をして、もうずいぶん経つ。きっとこれ以上跡はきれいにはならない、顔に傷跡の目立つ女なんて、誰も欲しがらない・・・でも怪我をする前からの約束があるからっ・・・」
「その男は、おまえが醜いって言うんだ、ふうん・・・それでおまえは、そいつに貰われたくないから、捨てるって言ってるわけ?」
少女がこっくり頷くのを確認して
「ふううん〜・・・すげえ、面白い話!」
確かに頬に残る怪我の跡は小さくはないから、嘘を言っているとは思わなかった。
現に少女は、深夜に気まぐれに起きだしたような夜着ではなく外套まできっちり着込んだ旅支度をしていた。部屋の隅には少女が手にしていたらしい荷物鞄が転がっている。
本気で思っている。
真剣に考えて、家を出よう、貰われるぐらいなら自分を捨ててもいいのだと思っているのだろう。
少年は、心から憐れで愚かだと思った。
でもそこが、あまりにも的外れで馬鹿すぎるために無視できなかったのだ。
「ーーーで、おれがおまえを貰っていいわけ?」
真っ直ぐに聞かれて、エリスはたじろいでいた。
冬の夜空の星を思わせる銀蒼の瞳をぎらぎらと輝かせた少年は、人間の姿でも人間には見えなかった。人間の振りをする圧倒的な何かだ。
笑顔だった。力に溢れる自信に満ちた表情、裏に含む物などないそれはとても美しいと思った。
それもそのはず、少年は竜なのだから。
世界にもう何頭もいないという英知溢れる存在、一対一では人間など相手にもならない世界の頂点とも言うべき最強、最高の生き物だったら、レイドリクスに貰われるより、きっと、ましだと感じた。
「・・・でも、醜い・・・」
「そんなこと知らない!」
自分が言いだしたことだったけれどあらためて聞かれて動揺するエリスに、少年は怒ったように言う。
「おれが欲しかったなら貰ってもいいかって聞いてんの!」
「お嬢さま!」
「エリス様!」
ひときわ強い男の声が響いた。
「エリス!」
振り向かなくてもわかる。ルルドゥ家の現当主の父、ジェロード・ルルドゥだった。
「・・・いいよ・・・」
婚約の話は何度か父に頼んでいた。けれど、父はいつも困った顔をするばかりで娘の願いを聞いてはくれなかった。
恨んだが、しばらくして父だって、相手との関係があることだから婚約の解消など簡単には出来ないことなのだと気がついた。
一度取り決めた約束を、大怪我を負って醜くなったからと言う理由では体裁が悪すぎて反故にも出来ず、きっと双方が困っている。
「・・・欲しいなら、あげるーーー」
「じゃあ、貰った!ーーー」
噛みつくような勢いで少年は答えた。
そして、エリスを真っ直ぐに見て、弾けるように笑った。

こうしてエリスの物語が始まる。
エリスはきっと出会ったときから、ヴァルグに恋をしていた。
人間のエリスと長い寿命を持つ竜のヴァルファンルングの淡く甘い恋の話だった。
子供の頃に顔に怪我をしてしまったことで、心に大きな傷を負って生きていたエリスが傲慢で横暴なヴァルグに出会ったことで傷を癒すことができて、心から笑うことができるようになった。
優しくて切ない、でもかけがえのない物語だった。






20150812
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