竜の少年

激しい言葉に答えられないエリスに
「百年、二百年、こいつは三百年以上だ。いくら人間に負けた弱い竜だったかもしれないけど、いつまでもいつまでも、そんなに辱めたいわけ?」
「・・・そんな、つもりはなかったの・・・ただ、殺されてしまった竜に可哀想なことをして欲しくないって・・・思ったの・・・」
「だから、竜じゃないんだって言ってるだろ、こんなのは!」
エリスの発言が気に入らなかった少年はすかさず、乱暴に壁どんとを叩いて訴える。気が短い性格のようだ。
少年の気迫にエリスはすっかり押されつつある。
「・・・うん。わかった。・・・で、ね、聞いてあなたが言っていることが正しいって気がしたから、もう止めない・・・」
怯えるように言って、エリスは竜を背に守るように立っていた位置から脇に逸れた。
最初、酷いと思ったけれど考えが変わっていた。ずっと壁に飾られるよりいいことのように感じられたのだ。相手がこの少年なら。そのためにやってきた仲間になら。
エリスの素直な態度に少々面食らっていたが、少年はエリスが退いたので、もう一度竜と向き合った。
そして、そっと剥製の竜に告げた。
最後の別れだった。
「ジュヴィオグル・・・叔父さん、会えて良かった。解放してやる。もう自由だ、世界に還ってゆっくり眠ってくれーーー」
めりめりと壁が鳴った。
少年が両手で掴んだ竜の頭は壁の台座から引き剥がされた。
人間の少年の腕には余るほどの大きな塊を抱える光景に、このあと、いったいどうするのだろうとエリスが思ったのは一瞬だった。
次の瞬間には竜の頭部は人間の姿をした少年の腕の中で潰れて、ぼろぼろ崩れ出して残骸となり、少年の黒いブーツの足元に落ちていった。
瞳を銀色に煌々と輝かせる少年が腕力だけではなく、不思議な魔力を使ったのだと感じるほど跡形無かった
そのあとは竜の二本の前足ももぎ取って、同じように塵に返る。
壁から頭を突き出し虚ろな目をしていた竜はもうどこにもいなくなって、少年が言った通り、解放されて自由になったのだという気がした。
「・・・ありがとう」
自然にエリスの口をついて出た言葉に、エリス自身は驚いていた。
「はあ?」
振り向いた少年に睨まれていたが、嘘ではなく本気で、嬉しくなっていたのだ。
「わたしが生まれる前からずっと飾られている竜が可哀想だと思っていた・・・。でもどうしていいかわからなかった。曾おじいさまの代から受け継がれる竜だって、お父様は誇らしげにされていたし・・・でもあなたが、わたしにはできない正しい方法で竜を助けてくれた・・・よかった・・・」
長い睫を濡らし涙ぐむ少女の姿に紛れもない本気だと知れたが、だからなおさらだった。
「おまえ、変な奴だな。普通怒るんじゃねえの。財産を奪われた、駄目にされたって?」
「・・・いいの。・・・この竜が壁から去って行っていても、たぶんそんなに困らないと思う」
「ふうん、そう。金持ちそうだからな」
ぐるりと広い館の内部を見回しながら少年は言った。
「そう・・・」
そこで会話は途切れると、一周した少年にの目が自分に向いていて、しげしげと眺められていることに気が付いたエリスは慌てて右頬を隠すように顔を背けた。
「それに、普通、盗賊だって、大声で叫ぶとところでもないのか、こういうのは」
「・・・盗賊とは、思わなかった・・・実際に違うのでしょ?だって、あなたは竜でーーー竜の、叔父さんに、会いにきただけ・・・」
「あ、聞いてたの、それ」
少しばつの悪そうな顔をした。
そして、何が面白かったかわからなかったがくくっっと笑い出して、ひとしきり楽しげに笑ったあと少年は言った。
「別に、盗賊になってもいい。巣穴に押し入った人間はあるじを殺すだけじゃない。卵や卵の空も、生え替わって落ちた角も、集めたお宝も、すべて持ち去ってゆくんだ。ならおれも、ついでに何か盗んでいってもいい」
にやりと大きく口を吊り上げた少年は挑発するように顎を上げてエリスを見る。
「夜中に起きてきた運の悪いお姫様でも攫ってゆこうか!」
少年は本気で言っているわけではなく、ただ自分をからかって遊んでいるだけだとエリスは思った。
でもそれなら、それは願ってもない好機だと感じた。
「お願いがあるの!」
「お嬢さまっーーー」
悲鳴のような声が上がった。
振り向くと広間に入り口に一人の女が顔を真っ青にして立っていた。
物音に異変を感じ取った夜番の使用人が目にしたのは、ルルドゥ家の三女のエリスが屋敷に居るはずのない見知らぬ者と話してしている様子と、もう一つ、恐ろしくも貴重な竜の剥製を配して壮麗かつ威厳あるルルドゥ家自慢の竜の広間が見るも無惨なありさまに一変してしまっている光景だった。
ちっと、少年は舌打ちした。
騒がしいのに見つかってしまって、お喋りもこれまでのようだった。
誰かに見つかった時点でこうなるはずだったが、先に現れた風変わりな少女は大声を出さず、なんだか妙な状態に話し込んでしまった。
終わりにされてしまうと、それは嫌ではなくてわりと愉しんでいたことを教えられた。
もう少し続けていてもよかったのにと腹が立ったが、女は大声を出して館の者たちを呼び集めようとしていて、そんなことを言っている状況ではない。去るのみ。
さっさと踵を返そうとしたとき、また少年は驚かされていた。
「待ってっ!お願いがあるの!」
腕を掴まれていた。
「はあ?もう今、そういうときじゃないことぐらい、わかるだろ。それとも、おれに逃げるなってか!?」
「違うっ」
腕を振り払ったら、今度は抱き竦められた。
柔らかな感触と鼻先を擽る少女の金茶色の髪が少年の動きを止めていた。
突きとばして逃げることなど簡単だったが、躊躇われたのだ。
人間は脆いので迂闊なことをしたら、思ってもいない結果で、殺してしまいことになりかねないから。

20150811
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