出会い

そのときエリスが目にしたのは、竜の壁飾りの前に静かにたたずむ少年の怒りとも悲しみともつかない表情だった。
深い銀とも、瑠璃とも見える不思議な光沢をした髪色と白い肌。
所々に明かりが灯されるものの、夜の闇がわだかまる館内は薄暗く少年の黒っぽい出で立ちは呑み込まれそうだったが、自ら光っているような髪色と白皙の肌が浮き立っていた。
歳は自分と同じぐらいの見たことのない少年。
なぜだか新しい使用人だとは思えなくて、隠れることも忘れてエリスは目を留めたのだ。
十六歳ーーーまだまだ子供だって言われる。でも違う。大人とは認められないけれど、子供ではない。そんな少年が向き合うのは、吹き抜けの広間の大壁を飾る竜だった。
茶褐色の鱗に覆われた竜は大きく口を開け牙を剥いていた。
裂けた口にはびっしりと白い歯と牙が少年など一瞬に噛み砕きそうな迫力がある。
鋭いかぎ爪は研ぎ澄まされた刃物で襲いかかられた生き物の体は易々と引き裂かれたのだろうと想像された。
けれど、その竜が動くことはもう二度とない。
牙や爪は本物でも瞳は作り物だった。埋め込まれたただの宝石で、その竜には肉も血も無い。内部をすっぽり抜き取られて創られた剥製だった。
本物の竜の頭部を使った装飾品は、とてつもなく高額で、また竜は簡単に狩れる生き物ではなく頭数が減ったと言われるようになった近年では特に、お金を幾ら積んでも手に入らない貴重な品物だった。
剥製だって、竜などは滅多に目にすることはできないのだから価値があり、大切にすべきものーーーとわかっているつもりだったけれど、エリスは生き物を使って作る剥製というものがどうしても好きになれず、なるべく近づかないようにしていた。
その竜をじっと見つめる少年ーーー。
夜更けの館内に、はじめて目にする少年の姿にエリスは言葉もなく見入ってしまっていた。
エリスは苦手で石で作られた物だとわかっていても視線も合わせられない竜と真っ正面に対峙する少年はいったい何を思っているのだろう。
でも次の瞬間、エリスは息を呑む。
動きが生じたから。
少年は細い手を竜に伸ばしていた。
撫でるのかという何気ない仕草だった。けれど、行為がもたらした結果はエリスの予想を超えたものだった。
剥製の竜の下顎がごそっと欠けて落ちた。
何か強い爪を持つ生き物ーーーそう、竜のような強靱な存在に抉られたように、竜の剥製は傷付けられていた。
少年はまだ腕を下ろしていない。もう一度持ち上げ振り落とす動作を繰り返した。
少年の二振りで、竜の顔の右側が無残に輪郭を失って歪となり内部の、肉の赤ではなく白っぽい詰め物を大きく晒した。
信じられない光景に息を呑んだが、今度は両方の手を竜に差し伸ばした少年に、エリスは悲鳴をあげると飛び出していていた。
転がるように走って、気付いたとき少年に体当たりしていた。
勢いに押されて数歩よろめいた少年が、驚いた顔をしてエリスに目を向けた。
エリスの方はぶつかったあと弾かれて床に倒れ込んでいたが、すぐに立ち上がった。
転んだときに打った額がずきずきと痛かった。でも止めたい一心だった。
「やめてっ、酷いことしないで!」
「酷いこと?」
気取らない少年っぽい声。少年が不思議そうに繰り返した。
少年の前に立って、少年の瞳が髪と同じように銀色の輝きのある深い蒼色という今まで見たことのない色をしていて、そのうえ、瞳孔が縦に長いのだと知った。
珍しい瞳孔。でもこれは見たことがあると思った。
どこでーーー。
そう。
エリスもすぐに思い至る。竜と一緒だった。
この壁の竜の剥製に填められた偽物の瞳とーーー。
「・・・竜に、・・・ひどいことをしないで・・・」
偽物でも竜の目を模して作るはずだった。
なら、このひとは竜?
エリスの中に動揺が生まれていた。
「意味がわかんねぇ」
少年が返したひどく砕けた言葉にももっと動揺していた。
わからないはずなんてない、同じ竜なら、なぜこんなことをするのだろう!
仲間のはずなのに。
人間に狩られてしまった悲しい竜をさらに傷付けるような、心が砕かれるような惨いことをどうしてーーー。
「竜をっーーー」
「違う!」
思いを説明しようとしたエリスを少年はぴしゃりと遮っていた。
「これは竜じゃない」
少年らしく澄んでいるが、はっきりとした強い声が否定して、エリスの声は小さくなってしまう
「竜よ、本物だと聞いた・・・」
少年が言おうとしているのは、そういう意味ではないのだとすぐに気付くことになる。
「ああ。本物だよ。でも竜じゃない。亡骸でもない。こんなもの、ただのがらくただ!」
驚いて言葉を無くしたエリスに少年は続けた。
「皮だけを残して内に物を詰めて、皮袋にして飾るなんて悪趣味にもほどがあるだろ。目には石ころ、首から先と、前足の先っぽだけをちょん切って壁から生やしててさ。あんたここに住んでいる奴?こんなの毎日眺めていていい気分になるのか?」
あざけるようなきつい目差しに逃げ出さないで立っているだけで必死だった。
「・・・ならない・・・」
いろいろ言われたけど、これだけを震える声を喉から絞り出して答えるだけで精一杯だった。
「人間が竜を使って作った、がらくたを処分するんだよ。文句があるのか?」
「・・・でも、可哀想・・・」
「はあ?このままに置いておく方がよっぽど可哀想だと思わねえ?土にも還れねえで、晒されているんだぞ。おまえは死んだ後、そんな真似されたい?」
20150809
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