第七章

10

「ごめんさない」
一度目よりしっかりした口調で言った後はガーレルの首に両手を伸ばしひしっと抱きしめていた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい、言いつけを守らなかったっ、頑張ろうと思ったのっ、でもぜんぜん駄目でっーーー」
泣き声になって訴えるアドリィにガーレルの表情も泣きそうに崩れた。
「謝ることはない、よくやった、よく戦った、見ていたぞ、そう、空も飛んだっーーー」
アドリィを抱きしめて、もう一方の掌で優しく頭を撫でるガーレルにとって、アドリィを慰めること以外はもうどうでもよくなっていた。
「弱くて、必死になってもぜんぜん駄目だったっーーー。でもね、ガーレルのお蔭で助かったの」
「おれの?」
「ガーレルの知り合いのこの人が助けてくれた、ガーレルのところに連れてってくれるってっーーー」
「でも、この男はきみをーーー」
「わたしのために仲間を殺したの、そして本当にガーレルのところに連れてきてくれたっーーー」
緊張が途切れ、感極まって堰を切ったように訴え泣きじゃくるアドリィに、沈黙したガーレルはその後、溜息を吐いた。
純粋なアドリィに、人間は竜とは違い平気で仲間殺しをする生き物で、仲間割れなど日常茶飯事だなどと無粋なことを言いたくなかった。
それに、ガーレルの元にアドリィを運んだのは事実だった。
アドリィと話しているうちにガーレルの中にあった怒りが消えていった。
憎しみも愛おしさに取って代わって、荒れていた心がしっとりと落ち着いてゆくのを感じた。
ガーレルの中でも張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れたのだ。
アドリィは人間たちに襲われ、傷付けられたけどちゃんとガーレルのところに戻った。
最悪の結果を免れて、腕の中で笑顔でいるのだ。
嵐は幾つか爪痕を残したが、無事に過ぎ去っていった。
そうなると、ガーレルはツヴァイに対して真面目に凄んでいたのがかなり恥ずかしくなっていた。
人間にもそれぞれ抱える事情があるわけで、だから命を掛けてまでの仕事をする。
金が必要で、富と名誉に価値がある人間社会にいるのだから、その流れに乗っ取って生きてゆくしかないのだろうとは思うのだ。
それが自分たち、竜とは相容れないもので諍いが頻発しているが、大きな流れとなってしまっているならもう誰にもとめられないのだろう。
特に目の前の男には夢があると言っていた。
女と子の三人で静かに暮らすことだと話していたことが、嘘には思えなかった。
でも男は竜狩りのメンバーの中にいた。
成功すれば得るものは多いが、失敗すれば命を失う。人間より大きく力が強い竜も命懸けで必死に戦うのだから失敗することの方が多いし、死傷者も多く出る。
ガーレルにとって、竜だと正体がばれていても買い物に付き合ってくれた奇特な男で、恩義も感じている。
結局、そのとき買ったアドリィの衣服は二枚とも破れてしまったが、渡したときのアドリィの嬉しそうな笑顔や、やりとり、着飾ったアドリィの愛らしさも、ガーレルの心にはっきりと残っていた。
今なら少し思う。
感情的になって殺してしまわなくてよかったと。
アドリィが信じた相手なのに、アドリィは意識がなかったと言え、アドリィの前で命を奪ったなど大きな遺恨を残しそうな危険な行為に違いない。
「・・・ガーレル・・・わたしのこと怒っている?・・・」
アドリィがガーレルの顔を至近距離から見つめて、心配そうに尋ねていた。
答えは、勿論、一つだった。
「いいや、怒っていないぞ。ただ酷く心配した。心配しすぎてどうにかなりそうだった・・・もうこんな思いは味わいたくないな・・・」
「心配を掛けてごめんなさい・・・。自分でも少し無茶だったと反省している。なるべくしたくないと思っている。死ぬことは嫌、死にたくないととても思った」
「ああ、死んだら終わりだ」
優しい表情でガーレルはアドリィの言葉を聞いている。
「うん・・・それにーーー」
急に声が小さくなっていたが、ガーレルはしっかりとアドリィの気持ちを聞いた。
それにガーレルと会えなくなってしまう、そっちの方が怖かったーーー。
すっかり普段を取り戻したガーレルがしあわせいっぱいにアドリィを抱きしめようとして、アドリィは少々慌てた。
ここには、ガーレルと二人きりではなく、ツヴァイがいた。
「待ってっ、ガーレル、誤解をされてしまうよ・・・」
「誤解?」
アドリィはいつまでも甘えていてはいけないと、ガーレルの腕から抜けて下りようとしたが、ガーレルがさせなかった。
「こら、暴れないっーーー慣れるまで大人しくしておいで!」
「大丈夫、大きな傷はないから平気っーーー」
「平気じゃない。尾を失ったんだ、これまでの感覚とは変わったんだっーーー」
体中が痛みで疼いているためすっかり忘れていたことを指摘され、アドリィは動きをとめた。
「・・・尻尾・・・」
「ああ。でも大丈夫だ。また生えてくるから」
体力を落として体調を悪くせず、問題なければーーーとはガーレルは口にはせず、なるべく明るい笑顔を浮かべた。
「数日はとても痛むだろうが、徐々に楽になってゆくし、体感も慣れてゆくから。そんな顔をしなくてもいい、再生尾じゃない方が珍しいぐらいだ。両腕を再生済みって奴もいるから」
「うん・・・わかった」
こっくりと頷いた可愛らしさーーー。
でもその余韻に浸っているわけにいかない事情がガーレルに発生した。
少女のお陰で命の危機から解放されたツヴァイは地面にへたり込んで、目の前で繰り広げられる二人、二頭の竜のやりとりを眺めていた。
そのツヴァイに、ガーレルが片手を差し出していた。
「鞄に入れている物をこちらに渡してくれないか?」
一瞬意味がわからなかったが、すぐに気付いて再びツヴァイの表情に緊張が走った。

20170924

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