第七章

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思い付くままを言葉にして紡いだ。
殺されそうになった直後に、敵である人間の話を信じてくれと望むのはかなり難しい話だと思ったが、なんとか信じてもらうしかなかった。
でも、聞き入れてくれるどころか暴れ出されたら、竜はこの場に見捨てて、尾っぽを持って逃げるかーーー。
やはり、それはしたくなかった。
だからもう一度、諦めず一から説得しようとしたとき、地面の担架に布をぐるぐる巻きにして身動きを封じられ、顔だけちょこんと出していた竜の姿が縮み出す。
布の上からワイヤーで縛られていたが、小さな人間の少女に変わったことで拘束が弛んだ。
竜の体に巻き付けられていた布の中で溺れそうなほど華奢な少女は、ゆっくりと這い出すと、ツヴァイの前にちょこんと座っていた。
白く、ひどく美しい少女を際立たせる不思議な双眸に合い、一瞬見とれてしまったが、すぐに我を取り戻したツヴァイは自分の上着を脱ぐと裸の少女の肩に着せかけていた。
「ありがとう・・・」
アドリィの感謝に、驚きつつツヴァイは慌てて首を振ったが、
「・・・あなたは、わたしの・・・竜のために、仲間の人間を殺してしまった・・・」
静かな問いかけに惚けた顔を引き締めた。
「見苦しいところを見せてしまったね。申し訳なかった。ーーーいや、本当は、こう謝らなくてはならない。竜狩りをして、すまない」
ツヴァイは頭を下げていた。
少女の虹色に色を変える色を不思議な瞳に見つめられていると、言わずにいられなくなっていた。
「・・・わたしの尻尾があれば、あなたの子供は助かるの?」
「そう医者に言われた。それしか方法はないとーーー愚かな親はそれに縋りついた」
悲しげな自嘲を口元に浮かべるツヴァイにアドリィは、返事を伝えた。
「わたしの尻尾で役に立つかわからないけど、良くなるといいね・・・。本当にわたしを逃がしてくれるの・・・?仲間まで殺してしまったあなたは・・・尻尾だけで、逃がしてくれるの・・・?」
アドリィには不思議でならないのだ。
理解できない。大切な仲間、同族を手に掛けて命を奪うことは、多種族である竜を殺すことより、罪深いことのはずだと思うのだ。
それを、会ったことのなかったアドリィのため、一度出会ったガーレルのためにやってのけた人間。
信じられなかった。
人間と竜の精神構造の違いだったが、アドリィにはツヴァイの行為がとても偉大で尊いことに感じられて、人間に襲われて湧き起こっていた憎悪や怒りが薄らいでいた。
「ああ、約束する。必ず、きみを護って黒竜の元に運ぶ。だからきみに触れさせてくれるかな?抱えさせて欲しい」
アドリィの小さな身体にはいくつもの傷があり、傷口の幾つかからは乾くことなく血が流れている、痛々しい姿だった。
アドリィは返事を答える代わりに動いて膝を着き、立ち上がろうとしていたが力が入らず、ぺたんと尻餅を付いた。
「・・・黒竜王の元に帰りたい。・・・お願いします・・・わたしを連れて行ってください」
アドリィはぺこりと頭を下げた。
今まで、人間に頼みごとをしたことなど一度もなかった。
でも、人間の中でも信用して良い人間がいるのかもしれないと学んだのだ。
見世物小屋の檻の中、決して態度のよいとは言えないアドリィのことを親切に、親身になってくれた青年がいた。彼は、無償の優しさでアドリィを包んでくれていたのだ。
そしてこのツヴァイという男。
悪い人間だとは思えなかった。
竜のことを見下しているなら、こんなに一生懸命に話をしてくれるだろうか。話の内容も嘘だとは思えなかった。
ガーレルが、見世物小屋の青年の火傷の痕が綺麗に治ると教えてくれたように、人間にとって竜は良い影響を与えることができる肉体、血肉をしているらしいのだ。
息子の病を治したいから、竜を狩ろうとして現れたツヴァイ。
ツヴァイは、ガーレルと会って一緒になってアドリィの衣装を買ってくれた人間。ガーレルが買ってきてくれた衣装のことをよく知っているから、そこも嘘はない。自分は知らないところでツヴァイのお世話になっていたのだ。
子供助けるためなら親はどんなことだってするーーーそれは、人間だけのことではないから、気持ちはよくわかった。
切れた尻尾が欲しいと言われた。
尻尾があれば、子供のために竜の血肉を手に入れるという彼の目的は達成したことになるから、アドリィを逃がしてくれると。
動けないアドリィを、ガーレルのところまで運んでくれるともーーー。
温かい目をした男だった。その目は、見世物小屋の青年とよく似ていた。
だから信じられるのだ。
でももし、騙されているのだとしても、疲れ果てた今のアドリィはほとんど動けなくなっていたから、どのみち結果は同じだった。
この人間を信じて、ガーレルのところに戻れることに掛けてみるしか、アドリィには選択肢が残されていないこともあるのだけれど。
「ああ、勿論だ・・・」
ツヴァイは安堵の溜息を吐いて、笑顔を浮かべた。
それからツヴァイは、アドリィと一緒に布の中に捲き込んであった、アドリィの尻尾を取り出すと、自分の荷物の中に大事そうにしまった。
そして、アドリィに羽織らせていた上着に、腕を通して着せると前の釦を閉じた。
傷と血に塗れた白い肌が隠されて、大きな男物の上着は小柄な少女の黒いワンピースがわりになった。
アドリィの色を変える不思議な瞳と髪色と、そうそうお目にかかれない美しい顔立ちに、到底ただの子供には見えなかったが、多少は普通になったはずだ。
それで準備は完了だった。
「では早速だが、あまりゆっくりしていて見つかるといけないからーーー」
無理矢理にアドリィの体に腕を伸ばして抱えることはしなかった。
ただ腕を差し出した。勇気を出して信じてくれた竜の少女を、無用に怯えさせないためのツヴァイの心配りだった。
アドリィはツヴァイの腕に自分から腕を伸ばして重ねた
「お嬢さん。失礼して、抱えさせてもらうよ」
「よろしくお願いします・・・」
ツヴァイはアドリィを片腕に抱き上げた。
痩せた少女だと思ってはいたが、息子のリンドよりも遥かに軽くて驚いてしまったが、ツヴァイはアドリィに悟られないようそっと息を吐いた。



20170903

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