第七章

5

黒い鱗の男の頭部には髪の代わりに角の名残のような出っ張りがあったが、顔の部分は白い肌が覗き人間の顔が現れていた。
もしこの場にツヴァイがいたなら、一緒に買い物をした男の顔だとわかっただろう。
ずいぶんの高さから降ってきたが、ガーレルにダメージはない。すぐに動きだすと目の前に落ちていた槍を拾い上げた。
竜のガーレルに投げつけていた物だった。
指の先まで黒い腕が槍の柄を掴んで、感触を確かめていた。
これまでは走ったぐらいで、この姿で何か具体的な物事をしたことなどなかったのだが具合は悪くないと判断した。
ガーレルが振るった槍は、ぶんぶんと激しく音を立てて風を切る。人間の成せる技を越えていた。
竜から人間への変身途中の中途半端な姿には、竜より小回りが利き、道具も十分に扱える。でもただの人間に化けたときより鱗を残している分、体の造りは竜に近くて頑丈で丈夫だった。
人間より強靱な、いわゆる竜人態だった。
武器を手にゆっくりと人間たちの方に歩み出したガーレルの表情は一見笑っていた。
口元に大きな笑みが刻まれている。でも黒瞳は裏切っていた。冷たく激しい怒りを湛え人間たちを見据えた。
男たちは凍り付いたように動けなかった。
すると手持ちぶたさに槍が振られて、横に立っていた若木が当たってしまったのか、幹が断ち割られて上部が滑り落ちていった。
異形の者の低い声は枝が擦れてたてた葉擦れの音によく似ていた。
「来ナイノカ?ーーー空ニイテハ、マトモニオマエタチノ相手モデキナイ。ソレデハ申シ訳ナイト、姿ヲ変エテヤッタゾ。竜ト戦イタイノダロウ?戦ッテオレヲ殺シタイノダロウ?遠慮セズ、来ルガイイ。来ナイナラ、コッチカラ行クゾ!?」
人間になりきっていない声帯でくぐもった言葉を紡いだガーレルは、言うが早いかで動いていた。
大きく飛んだ。
驚愕の中で棒立ちになっていた男たちには逃げるどころか動くことも出来ず、そのまま首を跳ねられ、肩から真っ二つに割られ、あるいは胴を切断させた。
目も止まらぬ速さで、悲鳴をあげる暇もなくすべてのハンターたちは絶命して地面に倒れた。
リーダーの男も例外ではなかった。
ガーレルはこの集団を率いるリーダーがどの男なのかなど知らなかった。
でももし知っていたら、彼は他の男たちとは違って一撃に仕留めることはなかっただろう。
冷ややかな顔で一仕事を終えたガーレルは、人間の血に染まった槍を放り出した。
武器を持つことは出来たが、人間のように武器が必要ではないのだ。
無粋な道具など、竜にはいらないように、竜人態のガーレルにも無くていいのだ。
人間など薙ぎとばす強靱な竜の尾と爪があり、そして口元には牙だってある。
人間より遥かに強い腕力のある腕で括り殺すことだって十分可能だった。
ガーレルは感覚を澄まして、アドリィの位置を見た。
脳裏に浮かんだ光景は先ほどまでとは様子が変わっていた。
アドリィは人間たちに運ばれてはいなかった。
地上に置かれた意識のないアドリィを運び手たちが取り囲んで何かを企てようとしていた。
ガーレルは込み上げた怒りを噛み殺し、走り出した。



「断る」
答えたツヴァイは、問答無用に斬りかかられていたがそれほど動揺はなかった。
いや、無いと言えば嘘になる。
でもそれは今までずっと抱えていた苦悩に比べるなら、一笑に伏すような物で、むしろ高揚感に包まれるような事態だった。
相手の攻撃を交わしながら考えるのは、どうやら自分は最低な状況を回避できるかも知れないと言うことだった。
ツヴァイは一つの提案を持ちかけられたのだ。
担架を支えて走りながら、同じく横を走る男に小さな声で囁かれた。
「ーーーおい、あんた。これを、おれたちで山分けしないか?」
何をかははっきり言われなかったが、察しは付いた。
予想外なことに言葉に詰まっていると、たたみ掛けるように続いた。
「あんたの腕があれば出来る。黒竜を相手にして無傷で戻っては来れないだろう。戻ってきたって、あんたならどうにでもできるはずだ」
「ーーー買いかぶりすぎだろ」
「いいや、正直、あんたとは穏便にすましたいから言っている。後ろの三人とは話は付いている。仲間だ」
ツヴァイの後ろで担架を支えている若者が息を呑んだ気配を感じて、彼が仲間ではないもう一人だとわかった。
六人で捕らえた竜を運んでいる担架だった。
ツヴァイは悪巧みを誘われていたが、若者には話が持ちかけられないので気になって、
「ーーー俺たち六人で竜を横取りするつもりなのか?」
「ーーー少し違う。少しでも多い方がいいだろ。五人だ」
男は物騒に笑って答えた。
話を聞いた若者が、突然担架を放棄していた。
負担する重みが増えていたがこの程度なら大丈夫だと思った矢先、再び増した。
若者の反対側の者が手を離して、離脱した若者を追いかけてゆく。
ツヴァイは木立に奧に逃げていった若者の無事を祈ったが、悲鳴が上がり、すぐに聞こえなくなった。
追って行った男が、血に染まった蛮刀を手に駆け戻ってくると先回りとしてツヴァイの前に立ちはだかった。
進路を塞がれて一行は立ち止まった。
「とりあえず一旦、竜を下に置こうや。で、あんたの返事が聞きたい」
「俺が反対すると、さっきの兄さんのように始末されるってことか・・・」
「そうしたくないから話しあっているんだろ?あんたは大人しく死んでくれなさそうだし、こっちも下手にやり合って怪我をして竜を運びきれなくなっても困る。ーーーどうだ、五等分だ。ケチな取り分しか寄こさないというあの仕切り屋が、黒竜に喰われず戻ってきたらあんたに倒してもらいたいからな、おれたちときっちり等分にする。悪い話じゃないだろ?」
「竜を横取りして、街に持っていって売るつもりなのか?」

20170820

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