第七章

3
『・・・天恵・・・』
『そうだ、天恵の娘、虹色に輝く鱗を持つ小さな娘だ』
『ア、ドリィ・・・アドリィーーー』
『やっと思い出したか、馬鹿が』
『ーーー苦、しい、死ぬっ・・・』
訴えに、黒竜の肺の空気を奪い、溺れさせようとしていた大きな水球は割れ散った。
蒼竜が黒竜の頭をわざわざ踏みつけて地面に下りると、潰れた恰好に地面に伏せている黒竜に向かい合った。
『馬鹿めが、何をしているんだ、おまえはっーーー』
『はははっ・・・』
荒い息を継いで呼吸を整えながらガーレルは明るく苦笑いした。
けれどすぐにがばっと黒竜は起き上がった。
『そうだ、アドリィが人間たちにっーーー』
『助けに行かず、こんなところで道草喰っている場合ではないだろうが。まったくーーー。まだ動けないのなら、私があの娘のところに行くがーーー』
シルドレイルはアドリィの様子を遠見で確認して言ったが
『おれがゆく』 
『大丈夫なのか、また道草を喰いまくって面倒な事にならないだろうな?』
『もう大丈夫だーーー世話になった、すまん』
はっきりした思念と金色の瞳に戻った黒竜の様子に、蒼竜は大きく溜息を吐いた。
そのあとは黒竜を見据えると
『なら、行け、すぐだーーー焦がれている娘をしっかり助けて来い!』



尻尾を切断され、どれも致命傷ではなかったが体中に傷を負って血を流した。力一杯暴れたことで体力も使い切ったアドリィは、意識を失っていた。
頭部を殴打されたのが直接の原因で脳しんとうを起こして気絶したのだ。
ぐったりとして完全に動かなくなった小さな風変わりな竜をハンターたちは丁寧に扱った。
丈夫な皮布で竜の体をぐるぐる巻きにくるみ、その上をワイヤーで縛り上げる。
目を覚ましても動けないようにだ。下手に動いて怪我をされても困る。価値が下がってしまうのだから。
口には轡を着けた。人間の方も無用な怪我はしたくなかった。
狩りは終了し、捕らえた竜は大事な商品だった。
竜を狩ることを生業とする男たちには竜に対して特別な感情は無い。
狩りは生活をしてゆくための手段で、竜は富や名誉を与えてくれる獲物。
得られる物の大きさに比例して命掛けの強敵だった。
今回は小さな竜で、楽な仕事の部類だったが、見たことも聞いたこともない変わった竜だということを考えると報酬は未知数だった。
大きな竜を命からがら狩るに匹敵する金額を得られるかも知れないと密かに考える男たちは皆、上機嫌だった。
竜の体は小柄なので運び出すのも楽だった。
木材と布で作った簡易担架に乗せれば六人で持ち上げられそうだった。
男たちはアドリィを捕獲したあとも休むことなく動き続けた。竜と一緒に森の外に出る準備をしたのだ。
ぐずぐずなどしていられない。他の竜が仲間の危機にやってくる危険があるからだ。
森の主の蒼竜や、小さな竜を街から連れだした黒竜が戻ってきてしまったら最悪だ。さすがにこの人数で勝つなど到底無理であり、怒り狂った巨竜に全滅させられる可能性が非常に高い。
だからその前に、この地を離れる必要がある。最低限森を出てしまいたいのだ。
狩りの成功の喜びと、いつ現れるかわからない新たな竜の逆襲に緊張する中、男たちは黙々と働き、準備は整った。
周りを警戒する者たちと、竜を乗せた担架を運ぶ者たちと別れていた。
一人浮かない顔をするツヴァイは運ぶ係に着いた。
竜の右側で、布からはみ出した頭部を眺めながら歩き出す。
小柄な竜の重みは予想以上に軽い物だったが、担架を支えるツヴァイの腕は直に痺れていった。歩くにつれ、どんどんと重くなってゆくのは気持ちの問題に過ぎないとわかっていたが、腕どころか全身が痺れてゆくのを止められない。
小さく、角は生えていようとまるで子竜だった。
「こんな小さな竜???街に持っていってもたいした金にならないだろう・・・」
思わず低い声を溢したツヴァイに、反対側で担架を支えている男が明るく言った。
「いや、そんなことはないんじゃないか?だってさ、こいつ、変わっているぜ。確かに小さいけど、鱗の色が普通じゃねえよ。日の光があたると宝石みたいに光る。それに、竜王でもないのに、精霊を操る竜なんだぜ。竜買いの業者にいい値段が付かないなら研究所に持っていってもいい。ーーーすげえいい狩りをしたと逆におれは思っている。心配はいらねえと思うね!」
返ってきたのは、聞きたくない内容ばかりでツヴァイの気分は沈んだ。
同意して欲しかったのだ。
この竜は価値がない。高くは売れやしない。小さすぎるんだ。
だったら、今日のところは逃がしてやろうーーー。
切り取った尻尾だけは山分けにして、竜は森にーーー。
そんな都合良くいかないことはわかっていたけれど、考えずにいられなかったのだ。
この小さすぎる竜は価値がない。この竜に価値があるのは、あの黒竜だけだろう。だから、黒竜にーーー。
湧き起こる思いをツヴァイは呑み込んで、もう口は開かなかった。
小さくても特別で、貴重な竜で高値で売れるだろうことはツヴァイだって疑っていないのだから。
このまま森を出て、竜を売る。
報酬を得たら、その金額で切断された竜の尻尾を買うつもりだった。
その竜の尻尾、竜の肉を持って自分は息子の元に帰るのだ。
それで終わり。
全部終わり。
もう二度と竜に関わることはしない。街の仕事に就き、畑を耕してもいい。
家族と穏やかに生きてゆくのだ。今日あったことはすべて記憶の底に沈めてーーー。
そんな時だった。
暗澹な気持ちに浸って考え込んでいたツヴァイにリーダーの緊張した大声が届いた。
「竜だーーー。黒竜が戻ってきたっ」
20170806

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