第六章

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でもドレスは、ツヴァイの目の前でびりびりと引き裂かれていった。
光沢の良い布地が内側からの強い力に負け無残なボロ布になって破れ落ちたとき、そこにはもっと艶やかに輝くものが生まれていた。
竜だった。
淡く輝く目を疑うような竜ーーー。
今まで見たことのない、聞いたこともない特殊な外見を持つ竜を目の当たりにした男たちは皆そろって息を呑んだ。



少女が変化した竜にツヴァイも思わず見とれてしまっていた。
目の前でおこった竜への変身にも驚いたが、その竜が普通でないことは竜狩りの専門家でなくてもよくわかった。
少女を思わせる小さな竜は、竜らしくなかった。
体表を覆う透き通るような淡い色の鱗は、武器を跳ね返す鉄壁の要塞というより繊細なガラス細工か宝石のように感じた。
小柄さもあって恐怖感は少なく、だからこそひどく珍しい、いや、美しい特別な竜を眺めて鑑賞することが出来た。
けどツヴァイはすぐに我に返ると頭を振って、湧き起こったさまざまな雑念を振り払おうとした。
小さくても、街から逃げ出した物でも竜は竜だった。
大物に比べて取り分は少ないだろうが、命を掛けて博打のような勝負ではなく堅実な仕事をしようと考えるのが、ツヴァイが加わった集団を率いる男の考えだった。
用心深い男は、どうやったのか魔術の力が封じ込められた護符も手に入れていた。
所有する護符の枚数だけをハンターを雇う。雇い入れた者たちには護符を使わせる。有益な術具を貸し出す分、並みより報酬率は低くなるがその条件に納得した者たちだけが集まっていた。
護符の効果で人間の気配を消して、竜に近寄る。
竜王ではなく、普通の竜ーーーいや、それ以下の竜ーーー。
他のハンターたちとの兼ね合いでどこも狙わない竜を選ぶことになったが、これは大当たりを引いたのかもしれない、とツヴァイ以外の人間たちは思ったが、
ツヴァイはーーー。
予想以上にスムーズに事は運び、目的の竜まで辿り着いてしまった。
初めから目的は街から逃げた小さな竜だった。闇竜王と称される巨大で危険な黒竜ではなく、彼が連れて逃げた少女の姿をした竜ーーー。
ツヴァイには富や名誉など関係なかった。興味もない。
欲しいのは竜の体の一部。万病を治す力を秘めるという竜の肉片だった。それを手に入れられれば、不治の病に苦しむ息子は助かるから。自分たち家族に幸せが返ってくるやも知れないのだ。
そのためにここまで来た。そして、目指した竜も目の前にいる。
この竜を狩ってーーー殺して、肉を手に入れて、息子に食べさせるーーー。
ツヴァイももうわかっていた。
自分が犯した大きな失敗は、黒竜と思しき男と交流をしてしまったことだった。何か有益な情報を得られればと近づき、黒竜の願いを聞いて服を買った。黒竜の少女の竜に対する気持ちを垣間見てしまったことがツヴァイの助けになるどころか、足を引っ張る事態になってしまったのだ。
どんなに思い切ろうとしても、頭から離れない。
話をしたことによりツヴァイにとって、黒竜はもはや竜ではなく、大切な者のために四苦八苦する一人の男となってしまっていたのだから。
小さな慈しむべく相手のある男。その相手に苦悩するなど、それでは自分と同じだった。
けど自分は、自分のために、他者の大切な者を奪おうとしている。殺して、薬にしようとしている。
相手は人間ではない。ただの竜だ、獣だ、気にするようなことではないーーー。
唱え続けていたが、いくら念じてもツヴァイの中で真実にはならなかった。
同じ命のなんと違うことか。
竜の殺すことは平気だったはずなのに、竜が少女の姿に化けていて、少女には彼女を大切に思う者がいることを知って、これまで気にも留めなかったことが無視できなくなってしまっている。
自分が一番優先すべきなのは息子だということはちゃんとわかっているのに、どうしようもなく不様だった。
ツヴァイは迷いを終わらせるべく、剣を抜いていた。
美しい竜、でも小柄ーーー
こんな竜なら、この隊のメンバーであれば上手く仕留めることが出来るだろう。
竜の肉が手に入ったも同然だった。
もうすぐだった。もうすぐで苦悩は終わらせることが出来る!
剣を手に一歩踏み出したツヴァイの発する殺気に当てられ、我を取り戻した他の男たちも次々と得物を抜いて動き出す。
人間たちは竜を取り囲んだ。
せいぜい雄牛ほどの小さな竜は、それでも子竜ではないのだと知った。
どういうわけか子竜にはない角が伸びて切っ先が覗いていた。
頭の隅っこで、だから黒竜は子供だとは言わなかったのだと思った。
頭部を飾るように大小二対の角さえも、勇ましさではなく優美さを感じさせる竜の話など知らない。
黒竜が気に入ったドレスはこの竜の雰囲気とよく似ていた。だから気に入ったのだ。
黒竜はきっとこの小さな竜を愛しているーーー。
再び、ツヴァイは本当にこの竜を狩ってしまっていいのかと考えてしまったが、そのとき隊を率いたリーダーの命令が下された。
「竜を殺すな。こいつは生け捕りにする。その方が高く売れるだろう。ーーー無傷とは言わん。手や足は再生するだろうから切り飛ばしても構わんっ」
ツヴァイはその言葉を聞いてホッとしたが、竜は怒ったかのように、翼を広げると羽ばたきを始めた。



小さな竜の翼が巻き起こしている風には到底思えない強風だった。
虹色の光沢の走る透き通るような翼で空を掻く可愛らしいとも感じられる光景に始まった行動は、直に紛れもない人間への攻撃なのだと知らされることになる。
風は強く、激しく、人間たちを薙ぎ倒す勢いで吹き荒れた。それだけではなく、風には氷の礫や、火花が混じり、風から顔を守ろうと構える男たちの体を切り裂いたり、火を付けた。
20170709

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