第六章

12
キリングの尻尾の先を呑み込んだ闇の塊はすぐに、煙が散るように消えていったがしばらく尾の感覚が戻らなかった。時間薬で回復していったが、そこにある尾は死んでしまっていて失ったのだと思った。
竜であるキリングがそうだったのだ。もっと体の脆弱な人間が受けた衝撃は激しくても当然だった。
あっという間に全員地面に倒れ込んで、頭をもたげているのはキリングだけになっていた。
黒竜がゆっくり降下してきて、木々を派手になぎ倒して無理矢理場所を作ってキリングの前に降り立った。
『生きているか?』
『・・・ああ、どうにかだね・・・。動くなと言われたが、動いて避けた・・・。あれをまともに受けていたら、どうなっていたんだ・・・?』
固い声の問いかけに、ガーレルは、さあと首を傾けた。勿論、竜の首だ。
『竜に向けたことはなかったからな。でも、まあ、絶命することはない。人間も気絶させただけだ。もっとも目覚めても生気を失っているから、しばらくはまともに動くことはできんだろうが。・・・あいつの許可なく勝手に殺すと面倒になりかねんから、こんなところだ・・・』
大きな黒竜の前で、キリングの緑がかった姿は子竜のように見えた。
キリングは標準的な大きさの竜だったが、それほど黒竜はずば抜けて大柄なのだ。
『・・・命拾いをした・・・わたしは、助かったんだ・・・』
しみじみと溢したキリングに、ガーレルが笑った。
『らしくなく、えらく大人しい。これくらい自分で何とかしたのに、出しゃばってくるなと、怒鳴ってくるんじゃないかと思っていたぞ』
ガーレルはわざと陽気に言ったが、キリングはつられることなく静かに応じた。
『・・・死ぬと思った。もう無理だ、ここまでだなって・・・けど、黒竜王様のお蔭で、生き延びることが出来た・・・。ありがとうございます。心から感謝します・・・』
キリングの素直でしおらしい様子に、居心地の悪さしか感じないガーレルは乱暴に空気を代えようとした。
暗くて重い話題も感謝を伝えられるのも、基本的に慣れていなくて苦手なのだ。
『???やめてくれ。散々毒舌を計れたおまえに今更そんな言葉をもらっても背筋が薄ら寒いし、嬉しくもない・・・。命拾いをしたのは、助けられてここでは死なないという運を、おまえが元々持っていたからだ。まあ、敢えて感謝したいなら、おれに行けとせっついたアドリィに言うんだな。彼女が言わなかったらおれは来なかったかもしれんからな・・・』
『・・・そうね。あの子にもお礼を言わなくちゃ・・・』
キリングは頭を垂れ頷いたが、すぐに跳ね上がった。
『えっ、今、あの子は一人きりにしてるの!?』
いきなりキリングらしいきつい口調に戻って咎められたガーレルは顔を顰めた。
慣れない者には感情を見て取れない竜の顔だったが、同じ竜のキリングにはその心配はない。
黒竜の黒い顔に動揺とわずかな怒りが走った。
『おまえには言われたくないぞ!おまえが人間にしてやられるから、おれはしぶしぶだなーーー』
『あの子が追われてるっ、必死に逃げているっ!ーーー』
遠見にアドリィの姿を探したキリングは悲鳴をあげた。
『は!?』
驚いて血相を変えた黒竜、ガーレルも視野を切り替えてアドリィを捜したが、このわずかな間に、置いてきたはずの草地にアドリィの姿は無くなってしまっていた。
どこに、いったい何がっーーー。
アドリィの代わりにガーレルの視界に飛び込んできたのは、人間の姿だった。
アドリィが待っているはずの花畑を踏み荒らしたのは六人ほどのハンターらしき男たちだった。
武器を片手に持つ男たちは収穫を得ている様子はない。探している最中なのだ。
アドリィは上手く逃げだして、ハンターはアドリィを探している。
ガーレルの体温が一気に下がった。
どうしてこんなことになっているのかーーー。
アドリィの近くに人間の気配など無かったはずなのに、なぜ、人間は涌いたのだ。
疑問が溢れかえる中、心臓だけが早鐘のように鳴っていた。
血の気が引いて、吐きそうだった。
アドリィが一人、人間たちに追われている。
危険なんてものではない。避けるべき、一番やってはいけない状況を招いてしまっているのだ。
『ちょっとなにぐずぐずしてるのっ、私はもう平気だから、早くアドリィのところに戻ってよ、黒竜さま!っ』
キリングに怒鳴られて今まで味わったことのない大きな恐怖から我を取り戻した黒竜王は、すぐに翼を広げると空に飛びだしていた。



精霊たちが言った『人間はいないけれど、見えないものがいる』ーーー。
それがどういう意味なのか、ガーレルが竜になってキリングの元に向かい、アドリィが一人になってまもなく、知ることになる。
精霊たちの言葉が気になっていたアドリィは、近くの様子を注意深く探っていた。
アドリィも人間の気配は知っている。人間がいるとは思えなかった。
でもなにかがいるらしいのだ。目に見えないものーーー精霊たちが見定められず、不思議な表現をしなくてはならないものとはいったいどんな生き物なのだろう。
そんなものが存在するとは考えられないからとても気味が悪かった。
だから感覚だけに頼らず、視覚、聴覚も総動員して丁寧に周辺を調べたのだ。
そして、アドリィはそれを見つけた。
森の木立の陰に隠れている人間たち。精霊たちの言う通り、人間の気配はまったくしないのに、確かに潜んでいる。
よく知っている生き物で、なんだと安心したけれど、別の嫌な気持ちが膨れあがった。
人間たちは自分の存在に気が付いているだろうと思った。上手く気配を消せないのだから。
でもそれは人間も同じで、お互い様のはずだったのにきれいに隠して間近まで接近されている。ガーレルも気付かなかったほど鮮やかに欺かれていた。
息を潜んで見張られている。
20170618

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