第六章

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集団はそれぞれ約二十人ほどだった。
武装した腕自慢の荒くれ男たちが、やる気満々で竜に血走った目を向ける。
倍近い人間がいたがシルドレイルには一切心配してなかった。
百人が来ようがシルドレイルが討ち取られることなどありえない。
それどころか格の違いが露呈していた。ただの人間の姿で現れたシルドレイルの纏う気迫に人間たちは完全に浮き足立っている。
互いに補いあえるネーザリンネとディーメネイアもおそらく平気だろう。
気掛かりなのが単身のキリングだった。
女たちの中で一番強いから、こうした配置なのだろうと思ったが、一人ーーー一頭で人間たちを相手することになるキリングのことが心配だった。
その気持ちはアドリィも一緒で、深緑の鱗を持つ竜の姿に戻ったキリングをアドリィとガーレルは固唾を呑んで様子を見守った。
雌竜としては大きめの竜だったが、厳つい男たちに幾重にも囲まれる光景を目にすると、ひどく心細さを感じた。
もっと大柄の雄の竜だろうと狩られてしまう現実がある。湧き起こる不吉な予想に取り憑かれてどんどん苦しくなってくる。
人間たちはキリングに鋼のワイヤーを括り付けた銛を四方八方から打ち込んでいた。
突進して暴れたり、打ち落としたり、跳ね飛ばしたり、ほとんどの銛は回避していたが、二本がキリングの鱗に突き刺さっていた。
竜の硬い鱗を割る銛は、竜の骨や牙を削って作られた対竜用の専門の物だった。
キリングは目茶苦茶に暴れ外そうとしたが鱗を割って深く肉に喰い込んでしまった一本がどうしても取れなかった。
ワイヤーも竜の力でも切れない頑丈な対竜の特注品なのだ。
キリングが動きを止めた時を見計らって、思い切り引っ張られた。
バランスを崩してキリングは倒れ込む。すぐに咆吼をあげ、立ち上がったが力自慢たちがワイヤーを引いていた。集団は今回即席に集まったようなものではなく、普段からチームとして動いているのだろう。動きに無駄がなく竜相手にも手慣れていた。作戦も練り上げられたものなのだろう。ワイヤーで動きを封じる一方で、大きな得物を持つ男たちがキリングの前に進み出た。
ネーザリンネは褐色の鱗をした竜で、キリングと同じぐらいの大きさで、ディーメネイアは栗色の鱗で、他の雌竜たちに比べるとほっそりと小柄だったが、こちらは相手にも恵まれていた。まさに寄せ集めの意思の疎通も出来ていない集団など敵にもならなかった。金の目の眩んだだけの人間を二竜は危なげなく蹴散らしていった。
そんな中、空気を振るわせて、シルドレイルが大きな蒼竜に変化した。
息を呑むほど、雄々しく美しい姿だった。蒼竜の降臨には彼に付き従う水の精霊たちが歓喜した。
精霊たちが喜ぶ気持ちもよくわかる。こんなときでなかったらアドリィも感激して見とれるほどの見事な竜の具現化だったが、今は状況が悪すぎた。
キリングが狩られてしまう、傷付けられてしまうーーー。
割れた鱗の下から血が流れ出していた。
人間たちを引きずって動いた竜は、大きな戦斧を持った男の頭を噛み砕いていたが、その首筋に大きな剣が振り下ろされた。
鱗は剣の攻撃を通させなかったが、素早く退いた剣士にキリングの反撃も通らず逃がしてしまったから次の攻撃が来る。攻撃手は他にも五人いて、残りの者は銛を手にして、さらにキリングを封じようとしている。
だからーーー。
「・・・ガーレル・・・お願い、キリングのところに行ってあげて欲しいの・・・」
「それはーーー」
訴えられた息を呑む。
ガーレルもキリングのことがとても気になっていた。
自由な竜だろうと、仲間意識はある。特に人間という共通の敵を前にすると、仲間愛はこれ以上ないほど燃え上がった。
自分の仲間が不当に傷付けられることを考えると、自分がやられているように腹立たしく、はらわたが煮えくり返った。
でも今は問題があった。
ガーレルがキリングを助けに向こうということは、アドリィから離れるということになる。
アドリィを連れてなど行けないから、この場か、もっと安全な場所があればそこに、一人で待っていてもらうになる。
それも不安なのだ。
キリングなど比べものにならないほど儚いアドリィを一人にすることが、ガーレルを躊躇わせる。
一人にして、どんな危険があるかわからないのに。
小さくか弱いアドリィを一人にするなど、本末転倒、大間違いなのではないのかとーーー。
「お願い、ガーレル・・・。近くに人間の気配はないよ。だからここは安全だから、わたしは大丈夫だよ。だから、キリングをーーー」
アドリィの感覚が捉えたものは三つの集団だけだった。森の中にいる人間は、それぞれ戦いが始まっている三つの集団だけで、精霊にも確かめていた。
返事は同じだったが、精霊たちは緊迫する状況に興奮しているのか、不思議な言い回しをした。
なにかはいるけど、人間はいないーーー、人間はいないけど、見えないものがいるーーー。
理解できないことを口々に叫んでいたが、それだけで要領が得なかった。
非常事態で、ことは一刻を争うから、アドリィは意味がわからない部分を無視して、人間はいないという言葉だけをガーレルに伝えた。
「精霊たちも大丈夫だと言っているよ。だから、お願いっ」
見つめられ、必死に面持ちに頼み込まれたガーレルは唸った。
可憐ないじらしさは是が非でも願いを叶えてあげたくなるものだったが、本当に大丈夫なのか、わからない。
でも、言葉にもならない漠然とした気持ちと目に見える危機だったら、優先しなくてはないのは、キリングの命だろう。このままではじりじりと体力を削られ、弱ったところを突かれて、狩り取られてしまう虞が濃厚だった。
それほど最近の人間は凶暴で、質が悪い奴らが多い。
もう一度、念入りに辺りを探って、人間がいないことを確認すると溜息を吐いた。
「手早く片付けて戻るが、もし、なにかあったら、おれをすぐに呼ぶと約束できるか?」
「するよ、約束する」
アドリィはすぐにこっくりと頷いて、ガーレルは溜息と共に立ち上がった。



20170528

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