第六章

8
一度目に着たときより、ドレスのぶかぶか感が少なくなっているように感じるから熱もこもる。
成長するときとはそんなものだと思うから。
時期が来た子供はみるみる大きくなる。よく食べて体に力を蓄え、その時期を呼び寄せる必要があるが、そのために考えつく限り一番の栄養をアドリィに用意して、半強制的に食べさせている。
食が細いアドリィだけど精一杯食べているのが見ていてわかった。
アドリィも努力しているのだ。
最初のころに比べると、食べられる量も増えてきていることからも、成長していると感じるのはガーレルの贔屓目だけではないはずだった。
天恵として普通とは違う運命を背負って生きてきて、生まれてまもなく止まっていた体内時間が動きだせば、成長が始められる。再開する。そうなればいくら天恵だったとしても、もはや消えるのを待つだけの存在ではない。
天恵でなく、生きている生き物として、普通の個体になるはずだ。
今から頂点を目指すほど大きくなるのは少々難しいだろうけど、並みーーー小柄だっていいのだ。生き延びられたならば。
最終的に、生きるが勝ちだった。
生き残ってきたアドリィがこの先も、もう少しの逞しさを得て、もう少しだけ間違って踏みつぶさない程度の、安心できる大きさの竜に成長して欲しかったが、そうなれば十分に一緒に生きてゆける。
勿論、人生の伴侶である番になってくれるよう、巧くアドリィを口説き落とすさないといけないという課題もあったが、それは問題なく、なんとかなる。
なら、もういいことずくめだと浮かれているガーレルには明るい未来しか見えなかった。
そう、その他に重要なことがまるで見えていなかった。
ガーレルだけでなく、アドリィも、シルドレイルも、女たちも用心深く目を向けて神経を配る物の陰に隠れて、忍び寄るものについて、まだ誰も気付けないでいた。



アドリィの変身から二日後の午後だった。
朝から心地よく晴れた日で、穏やかな太陽の光が地上に降り注いでいた。
風のない昼下がりは気怠くて、日光浴に最適な時間だった。
暗がりで視野を塞がれることもない竜は、夜に行動することもあるが特別、夜行性というわけではなかった。
餌にする大型の生き物が夜が好きだったり、出くわすと煩わしい人間が昼行性なので、夜を好んで動く竜もいるが個性や都合によるものだった。
睡眠も眠くなったとき寝る。眠るときはどさっと数日間と眠るが、成長を終えた竜などは決まった生活周期はなく、食事も睡眠も体に合わせて欲しくなったら取るという合理性に生きていた。
とは言え、人間に化けていると人間の体の出来に影響されて、食料は少なくて便利だが疲労が堪りやすく、夜な夜な程ではなくても本体の竜に比べて頻繁に睡魔に襲われてしまう。
体の造りも堅い鱗に覆われた竜に比べて脆弱で貧弱だったが、人間が世界に大繁殖して血眼で竜を狩ろうとするようになってからは、竜たちは敵である人間の姿に擬態して暮らすことが多くなった。
姿を変え人間を欺くためにーーー。
でも最初のころはそれで十分こと足りたのに、竜が化けるようになってそれまでのような数を狩れなくなってくると人間は、人間に化けた竜を見つけ出す方法をあみだした。
姿ではなく竜の気配を探りはじめたのだ。
だから竜たちは人間に化けた上、さらに気配を消なさくてはならなくなり、巧く消せない竜を中心に次々に狩られ、淘汰され、より強い、少数の竜だけが生き残っているのが現状だった。
その選び抜かれた竜たちの優れた子供ですら、道具や武器を強くした人間たちに殺され続けてどんどん頭数が減ってしまっている。
おまけに竜の産卵数は激減していた。栄養の問題などという単純な問題ではなく、種の限界とか竜の絶望感の所為だとも言われているが、真相など竜王たちにも、膨大な知識を蓄える大老竜にもわからなかった。
解決策の見えない竜の憂いだった。
でも大抵は、そんな大きすぎる難題は目先の生活の小さな問題に負けてしまうのが常だろう。
竜も同じだった。
自分は食べないけれど、アドリィには人間のように一日三度の食事をたらふく食べさせたいガーレルに、勧められるままアドリィはお腹が飛びだして動けなくなりそうな量を食べた。
ほとんど苦行だったが、アドリィは文句を言わず食べた。満腹を抱え、アドリィがたくさん食べたことを満足するガーレルと一緒に草の上に伸びて、うとうとと食後の惰眠を貪っていた。
その最中に、異変は起きた。
ガーレルが先に感じとって頭をもたげ、そのまま起き上がって座った。
厳しい顔である方向を見つめた。
「ガーレル・・・?」
「ああ。たいしたことではないんだけどね、シルドレイルが動いたようだ」
ガーレルはくつろいでいる中でも、意識を向けて状況を視ていたのだろう。森の中に進入している人間たちの行動だった。
アドリィもすぐに意識を飛ばした。
「蒼竜王さまが人間たちの前に・・・」
「話し合いで説得するーーーなんてことは無理だろう。が、一応、最終通達のつもりだろうな。退かないと本気で潰すぞ、と」
アドリィに寄ってきて話してくれた風の精霊の声に驚いた声を上げた。
「もう二つに集団の方には、ネザとディーメ、キルは単独で向かっているって!」
ガーレルと比べ、視野の広さと能力を使いこなす経験に劣るアドリィを精霊たちが寄り添って手助けしていた。精霊に好かれるのはアドリィの不思議な能力で、そんな竜はほとんどいないのだ。
求めに応じて精霊対はアドリィに詳しく教えたので、アドリィも森の中のあちこちで起こっている状況を理解した。
人間たちは三つの集団を作って、ずいぶんと中の方まで入ってきていた。
人数が一番多い本隊とも言うべき者たちにシルドレイルが対峙していたが、残りはそれぞれ二手に分かれた女たちが相手をするようだった。
「苛々しているのにも厭きて、追い払うことにしたようだ。ーーー女たちは話をするつもりはなく、さっさと竜に戻ったな・・・」
ガーレルの声がどんどん沈んでいくのは、問答無用と戦闘が始まった女たちの様子が気になっているのだ。
20170521

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