第六章

6
『え・・・それはっ・・・』
『ああ、わかっている。おれはちゃんときみがいいと言うまで待つつもりだよ。でも少しだけ、今日という日の記念が欲しいな・・・』
『記念って・・・?』
小さな角を生やした虹色の竜が、ガーレルの男らしい美貌を見つめて小首を傾げていた。
ガーレルは穏やかな表情を浮かべていたが、ここで雰囲気が変わると魅惑的な笑顔になった。
アドリィは竜の姿、ガーレルは人間の姿だったが、ガーレルはぐいと体を寄せてアドリィに顔を寄せた。
口が重なった。
いくら小柄とは言え、アドリィがその気になれば人間のガーレルの頭を丸かじりできるような、竜と人間の姿での抱擁であり口づけだった。
『・・・』
アドリィを脅かせたくないガーレルはすぐに離れたが、ドキドキと心臓を高鳴らせるアドリィは言葉が紡げない。
『おれのアドリィ。口づけの誓いだ。おれはきみを大切にする。傷付けるようなことはしない。だから焦る必要もない、ゆっくり生きてゆこう、いつまでも一緒にーーー』
ガーレルの臆面もない告白に女たちは盛大に溜息を吐き、今回はシルドレイルも呆れた顔をしていたが、件の二人にはーーーガーレルは無視で、アドリィには周りの気配をくみ取っている余裕がなかったからーーー。
虹の光沢の竜は牙の間から小さく舌を覗かせると、お返しとばかりにぺろりと男の頬を舐めた。
可愛らしく甘えられた男は愛しげに愛しげに竜の首筋を撫でるといった頬笑ましい光景は、焦れた女たちが痺れを切らして怒りだすまでしばらく続いた。



世界に生きる生き物の中で竜は頂点に立ち、匹敵する者などいない英知を備えた偉大なる存在だった。
人間など足元にも及ばない強く、大きく、優れた生き物ーーー。
寿命からしても別格だった。何百年を優に生きて、最初は一抱えほどの卵だろうと成長すると人間など簡単に踏みつぶす大きさになり、体の表面は硬い鱗に覆われる。
角が伸び、牙を持ち、長い尾は鋭い爪のある前脚より、長さがある分、脅威だった。人間などまとめて薙ぎ倒す。
食性は肉食だけれど、竜が村や街を襲って人間を食べるということは基本的にない。
過去に狂った竜が事件を起こしたことはあるが、それは特別なことだった。
被害は出たが、それが何だって言うのだろう。
人間だって、狂った者が人を殺めたり、火を放ったりーーー昨今は、正気に見える人間だって平気で犯罪を犯すのも珍しくないのだから、その竜を咎められ立場にはないはずだった。
驚異的ではあるがとても温厚な隣人で、棲み分けだってきちんと出来ていた相手だったのに、人間はどうして竜を狩ることを始めたのだろう。
決して楽な仕事ではないのにーーー。
ツヴァイは考えてしまう。
人間は命懸けで、竜を狩る。
富のため、名誉のため、一番は金のため。
一攫千金を夢見て他者の命を奪う。
馬鹿げているとせせら笑う自分がいることを知っている。
夢を見ることではなく、こんなことを一人考える自分が、だった。
人間は普段から、獣や野菜や果物だって命で、それを取り込んで生きているのに、それには疑問の持たないのに竜にだけ感傷的になってしまうのは愚かで弱いことだともわかっているのだ。
でも豚や鶏とは話などしない。喜怒哀楽を意識するような深い関わりを持ったりはしないのだから、事情が違うのだと言い訳をしながら考え続ける。
竜は丸ごとがお宝だと言われている。
鱗も、爪も、角も、肉も、骨も。
捨てるところのない貴重な物だった。
鉱物以上な素材となって優れた道具となり、血肉や、煎じた骨の欠片は奇跡を呼ぶ特効薬となる。
勿論滅多に手に入らない分、貴重で高価な代物だった。
万病に効果があるという噂はあるが、あらゆる病気に試したことがあるわけはなく、尾ひれ背びれのくっついた話だろうが逆に、効き目がないという確証もなかった。
竜の血肉が息子の病気に効果がないという確証だった。
竜の血肉を手に入れられれば、息子に食べさせることが出来たら、手の施しようのない息子の命は助かるかもしれないのだ。
他に方法は思い付かない。だから竜だけだった。
まだ息子を助ける方法はあるのだ。残されている。まだ幼いリンドが生き延びられ、ツヴァイの家族が幸せになる道は断たれていなかった。
竜の宛ては、あった。
ツヴァイは確実に竜に近づいている。
街を襲った黒竜が逃げ込んだ森に踏み込む討伐隊に加わっているのだから。
騒ぎを起こした大きな黒竜、街を混乱させた危険な闇竜を退治しないといけないと理由を付けた盛り上がりに便乗したというより、人里近くに現れて、居場所を教えてくれた竜に、ツヴァイは心から感謝した。
これは憑いていると思った。
絶好の好機だった。大きな黒竜など狙わなくてもいい、黒竜が街から連れ出した見世物小屋の小さな竜でいいのだ。
さらに幸運に、ツヴァイは人間に化けた黒竜に会った。
黒竜は子供のような服を買い求めた。
その小さな竜だってちゃんと存在しているのだ、この森の中に、男はそれを教えてくれたーーー。
でもツヴァイの苦悩はその時から始まっていた。
幸運だと感じたことが一転、不運となってしまっていた。
ツヴァイの中で知り得た情報が苦痛になり、気持ちを酷く重くしていた。
竜の男の陽気な笑顔が心に焼き付いてしまっている。愛しげに語り、相手を思いやって衣服を用意する相手が大切でないはずがない。
会わなければ考えもしなかったことだった。
黒竜は飼われてた小さな竜を助けた。
男は、少女を救い出したのだ。
見世物小屋にいた竜は、痩せた幼い女の子の姿に化けていたという情報を聞いていた。
20170507

前へ 目次 次へ