第六章

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小さく愛らしかった顔は質量を変え大きく迫り出し、口はめりめりと裂けていった。眼球も何倍にも大きくなり側面に移動した。
首が伸び、手足は太くーーー。二足歩行に体重を支えていた両脚は役目を放棄したので、肉体は前方に倒れ込んでいたが、体が地面にぶつかる前に、両腕は新たな使命に目覚め、鋭い爪を生やした掌が力強く大地を打った。
身に纏っていた服は千切れ飛び、剥き出しになったアドリィの白い肌は艶やかな鱗に覆われた硬質な白に変わっていた。
髪も伸びながら溶けて鱗の一部となりながら後頭部に竜特有の突起を形作ってゆく。角だ。
アドリィの姿は、一見、真っ白な竜だった。
全身を覆う鱗は明確な色を持たないのだ。
透き通るような白色。
目を凝らすと淡い肉色が透けて見える不思議な白。
でも、その鱗は独自の色を持たない代わり一枚一枚が周りの色をぼんやりと映した。鉱物を磨き上げて作られた鏡のように。
そして陽光を弾いて輝く光沢は虹色だった。
『ーーー美しいわ。まるで宝石ねっ』
『真珠のような優しい光沢、素敵よ。こんな鱗を初めて見たわ!』
『光沢だって凄いのに、色を纏うなんてーーー狡すぎるわよっ』
体の隅々まで自由になる感覚が心地よくて忘我となって浸っていたアドリィに声が届いた。
視線を下げると、そこには自分を見つめる竜の女たちがいた。
まだぼんやりとするアドリィに捲したてるような言葉が掛けられた。
「もう、こんな綺麗なんだから、どんどん食べて自分のために大きくなりなさい!」
「小さくてもこれだけ素敵だったら成長すればもっと美しい。そんな姿を見せて欲しい、見たくなってしまったわ」
「黒竜さまのお肉だけじゃなく、わたしのお肉だってあげちゃうわよ。なんだか、わたしがあなたを育てたくなっちゃったわよ!」
『・・・え、あの・・・』
背を撫でられたり、翼を広げられたりと鑑賞されてアドリィは予想外のことに驚いて固まっていたが、女たちの行動が一段落ついたとき、鼻先を三人に寄せていた。
『ありがとう、ございます・・・やっぱりとても小さくて少し恥ずかしいのですが・・・』
竜でありながら、人間の姿の三人の女たちに軽々と持ち上げられそうな体だった。
「そんなことなんて思わなくていいわ。ええ、確かに小さいわよ、けどそれ以上の魅力がある。これが天恵のあなただけに与えられた美しさなのよね。でもあなたは天恵であるけれど、自我を持った時点でもう天恵ではなく、普通なら持つことのできない魅力を持った竜ってこと。誇りなさいな!」
ネーザリンの言葉に、ディーメネイアやキリングは、うんうんと頷いている。
お世辞でなく、心が震えていた。
鱗と同じ、色を変えるアドリィの瞳もまるで宝石のように美しい。
初めて目にするこんな竜は、ひっそり生まれて誰の記憶にも残らないままに命を終えていったのだと考えると切なさが込みあげていた。
何頭も何頭もの天恵は生まれていた。兄弟の中におそらく必ずといっていいほどにーーー。
誰も同じような強さだったらいいのに。ひ弱な子など産まれず、誰もが平等にと感じた。
でもその中には決して王は生まれないのだ。
アドリィだけでなく、竜たちは強さに憧れる。美しさに心惹かれる。
我こそ当代一の存在にありたい、と。生き物として当然のことだろう。
けれど与えられた現実に、己を知って、ならばと己の価値を認めて生きてゆくしかない。
竜王だからと傅くことはなくても、種の頂点を担う強い個として敬意は感じているのだ。
優れた王が生まれるため、糧になるような弱い天恵が生まれてしまうことは仕方がないことだと諦めるしかないことだろうけど、一旦目を向けてしまうと、やはり心苦しかった。
『アドリィーーー』
再び竜の声に強く呼ばれて、アドリィはびくっと体を緊張させた。
痺れるような刺激が体を駆け抜けた声の主は、ガーレルだった。
どこにーーー。
首を廻らしてその姿を探そうとしたときには、ガーレルの両腕にすっぽり頭を抱きしめられていて、アドリィはさらに驚いた。
そこにいたはずの女たちは乱暴にはね除けられて、あわや地面に転がるはめになっていた。
粗暴な振る舞いをする黒竜を険しい目で睨んで、キリングにいたっては口の端から牙が覗かせたほどに怒っていたがそんなものはガーレルにとってどうでもいいことだった。
追って姿を見せたシルドレイルが前言通り、女たちを引き留めてガーレルの手助けをしたので場は収まったが、無頓着なガーレルはただ純粋にアドリィを見つめた。
そう、思いを込めて抱きしめた。
アドリィは竜の姿なので、これまでより力を込めることができるのだ。
『アドリィ、とても美しい姿だーーー』
脳裏に直接響く言葉は竜の思いだった。
ガーレルの吐息のような感嘆を受けて、アドリィは体を震わせて、鱗が擦れて涼やかな音色を生んだ。
『そんなこと・・・』
畏れ多いことだと否定しようとしたが、その前にガーレルが言う。
『こんなに美しくて愛しい竜に、俺は今まで会ったことがないぞ!』
アドリィはしどろもどろになって伝えた。
『・・・褒めすぎ、だよ・・・こんなに弱々しい竜は見たことがないーーーが正解・・・』
『ああ、儚さがこれほどの美しさにーーー魅力となることも知らなかった。優しいきみの姿に傷一つ付かないよう、おれは全力を尽くしたいとあらめて感じているよ。なんて力だーーーおれはすっかりきみの虜だ・・・』
『そんな・・・ガーレルに比べると・・・わたしなんて足元にも及ばない・・・でも、これがわたしーーー恥ずかしいけど、ガーレルにはやっぱりちゃんと見てもらいたいなと思った・・・』
『嬉しいよ、アドリィ。なんて言えばいいのかわからないが・・・愛しさが増したぞーーー』
ガーレルは抱きしめていた腕を一旦解いて、アドリィの頬を掌に挟むようにして顔を寄せた。
『今すぐに番の申し出をしたいぐらいだ』
20170430

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