第六章

4
だから檻の蓋が開けられたとき、全力で跳びだした。
けど、すぐに動けなくなってしまっていた。
体中を何度も何度も固い物で殴られて、苦痛の中で意識が途切れた。
そのあとはずいぶんと長い時間を眠っていた気がする。
大怪我をして、意識が戻らなかったーーー生死をさ迷っていたのだろうと思っている。
成長の悪い竜であり、食べられて果てるはずの天恵だろうと、一応は竜の端くれだった。
竜としては底辺だろうと、受け継いだ生命力でどうにか死を真逃れて、さらに兄弟から遠ざけられたことで誰にも食べられることなく生き延びた。兄弟ごと狩られて、活きも悪く死にかけ、売れ残ったような竜だったから、アドリィは自我を得て、本来迎えるはずのない目覚めをした。そう、巣穴ではない、人間の見世物小屋の檻だったからこそーーー。
それがアドリィだった。
自分は天恵であるのに、役割を果たすことなく生きてしまっているという皮肉な状態に気付いても、どうしようもなかった。
檻を破る力は無いから、そこにいるしかなかった。
檻の中で一人、ずっと蹲るように生きて、生き続けて、そうしてその日、ガーレルに出会った。
強く美しい黒竜王ーーー闇の精霊を従える闇の王、ガーレルヴェルク。
優しい王に助け出されただけでなく、彼の王に思いを告げられ、番になることを望まれてしまった。
それはアドリィにとって大きな歓びであったけど、同時に強い苦しみにもなった。
でも今は、落ち着いて前向きに考えられるようになっていた。
優しく頼もしい竜たちに励まされて、自分にできることがあるなら逃げずに、なんだってしたいと思うようになれたアドリィの第一歩が、これだった。



恐れず、竜の姿になる。
竜に戻って、ずっと人間の姿でいて忘れてしまっていることを思い出したいのだ。
そして、これもヴァルネライラに言われたことだったが、自分の中にもあるという欠片を感じてみたいと思った。
欠片とは、卵の卵、命の欠片だった。
それは成長の悪いアドリィの小さな体、卵巣にもちゃんと存在しているのだと教えられた。
考えてもいなかったことで、信じられなかった。
ヴァルネライラの言葉を疑っているわけではないのだ。ヴァルネライラは正しいと思うから、嬉しくて、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだった。
それがあるなら、アドリィにもこの先、未来に卵を産む可能性が残されていることになる。
すぐには無理でも、自分にも命を繋ぐ役割を担えるかもしれない。
食料になる以外の方法が許されているーーー。
でも、喜びの理由はそれだけではなかった。
卵を産めることが、アドリィの考える番となる最低条件だったから。
たくさんは無理だけど、一つでも二つでも産めるようになれたならガーレルの横にいる資格を得られるのではと思った。
少しだけ胸を張って、ガーレルのことが好きだと口にしてもよいのだと感じた。
わかっている。すべてはアドリィのただの自己満足に過ぎない。
可能性があるからといって、産めるとは限らない。
竜は卵を産まなくなってきている。産めなくなってきていると、アドリィに知識を与えてくれた竜は言っていた。
世界が変わったためか、種として滅びを迎えようとしているのかわからないけれど、それが定めであるなら仕方がないと脳裏に響いた声は語った。
だから立派な雌性たちが産めなくなってきているのに、自分などが産めるなど夢物語で、さらにガーレルの身の安全を願うのなら自分のような非力な竜ではなく、共に敵と闘えるような大きく強い相手が一緒にいた方がいい。人間から、闇竜の運命からだってガーレルの力になれるような存在が、ガーレルの番の相手になった方がいいーーー。
理性的にそう考える一方で、ガーレルを手放したくない、ガーレルの番になりたいと望んでしまう我が儘で、貪欲な自分がいた。
アドリィはそんな自分を抱きしめたいと思った。
大きな夢を見る小さな自分を、大事に抱きしめて奮い立たせたい。
泣くのはいつでもできる。諦めることだってとても簡単で、これまでもずっと諦めて生きてきたし、この先だってやっぱり諦めることになるのかもしれない。
それが普通だと思うぐらいなのだ。
だったら目の前に突きつけられて身動きできなくなるまで、夢を見るのだ。精一杯、へとへとになって落ち込む力もなくなるくらい全力で夢を追いかけてみる。
だから、竜になる。
忘れていることを思いだして少しでも賢くなるために、竜になる。
ガーレルが好きだと言ってくれる自分を、自分でも好きになる。うんと好きになる。
自分で誇れない物をガーレルに好きでいて欲しいなどというのは間違っている。
最低限、アドリィにとって、掛け替えのない大切な自分???であるべきだと思うのだ。
そう。
わたしは、竜王のガーレルの番になりたい雌竜だから。
恥じて他の竜の視線を気にして嫌がっているなどおかしかった。
だから、竜にーーー。
今日が無理だったら、明日ーーー。明日が駄目でも、明後日ーーー。
必ず竜になるーーー。


心が決まったとき、変身は呆気なくできた。
どうしていいのかわからないーーー。
変わったら、気づかれるかなーーー。
恥ずかしいかなーーー。
悩んで何日もうろうろしてしまっていたが、迷いなく竜になりたいと望んだとき、体が自然と解けていた。
そして崩れながら別の形に組み立てられていった。
小柄な人間の少女の姿は膨れあがってなだらかな丸みを備えた。
20170423

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