第六章

2
「・・・そんなところだが・・・はっきり言いすぎだ・・・」
「おまえの態度はあからさますぎで、不愉快だ。追い出すぞ!」
シルドレイルの機嫌の悪さを物ともしないガーレルは、「そうきついこと言うなよ」と猫なで声で言うと後を追って歩き出す。
「ここの連中はまったく冷たい。思い悩んでいるんだぞ。もう少し優しくしてくれよ」
溜息を吐くのは、シルドレイルの番だった。
「あの娘だろうて、おまえの顔を見たくないと思うと気ぐらいあるだろうが。力の差も歴然な相手に気も使うだろうし、恐怖感を抱いても不思議はないだろう。そんな相手と四六時中共にいることを窮屈がっても仕方がないことだ」
「アドリィはおれのことが好いてくれてるからそれはないだろう」
真顔で答える男をシルドレイルは無視して歩を進めた。
けど、しつこくて暇な黒竜は話し相手に恰好な蒼竜を逃すつもりはないのだ。
「ーーーおい、聞いているか。話はまだ途中だ。ーーーおまえの意見が聞きたいんだ、アドリィはどうしておれを避けている?」
なぜこんな話を、しなくてはならないのかと怒りが込み上げてくるが何とか押さえて、シルドレイルは答えた。
「娘に、待つと宣言したんだろう。その言葉通り、大人しく待っていろ!」
「待つのはいいが・・・その間に忘れられることもあるかもしれないだろう・・・」
「おまえなら、そうだろうな。ころっと気分を変え忘れ去るーーー」
「おい・・・」
「そもそもだ。番になった相手だろうが、ときが満ちた時期にだけ共にいることの方が多い。おまえだって、そうだ。一人で好き勝手に生きてきただろう。我らはそういう生き物だ。人間のように依存しあって生きることはしない」
「・・・まあ、その通りなんだけど。でも、おれはアドリィとなら依存しあってでもいいと思っている。番かあ・・・今まで感じなかったがいい響きだなあ」
これをのろけと言わず何というーーー。
手に負えん、と今度こそもう無視して、相手にするのをやめようと考えたシルドレイルだったが、急に厳しい顔で脚を止めた。
「ーーー倒木原まで辿り着いた」
会話に水を差されて一瞬不満そうにしたが、シルドレイルが口にしたものをすぐに遠見で確認したガーレルは応じた。
「落雷で古木が倒れた場所かーーー。入ってきたな」
人間たちの話だった。
竜を狩ろうとする者たちが次々に、シルドレイルの森に入ってきている。
大きく強い竜の統べる森に、人間共が我が物顔にーーー。
これはこれで非常に不愉快なことだった。
「ざっと二十。先頭の集団だけでも潰しておかないか?立場を弁えない奴らがわらわら続いている。自分のところではなくてもこれ以上領地が荒らされるのは腹が立つーーー」
ガーレルは顔を顰めていたが、次の瞬間、全身に感じた感覚の方が衝撃だった。
人間のことなどどうでもよくなっていた。
弾かれるように背後を振り返った。
それはシルドレイルも同じだったようで、竜王は弾かれるように振り返って、そのまま立ち尽くした。
驚きのあまり言葉も出ない。
いや、決して珍しいことでも、感覚でもないのだ。
近くにいた竜が、本体、竜の姿に戻った。それだけのことだった。
人間の姿に化けていることに嫌気が差したとき、窮屈が嫌になって暴れたくなったとき、ただなんとなくーーー。いろいろな理由で竜に戻ることがある。不思議なことではなかったが、問題は竜に戻った相手だった。
「・・・このために・・・」
ガーレルは言葉を絞り出した。
「・・・竜に戻ってみたかった・・・ずっと囚われていて人間の姿でいた・・・けど、あいつが本来の姿に戻ることを勧めたから・・・」
あいつとはヴァルネライラだ。竜に戻って去ってゆく際にアドリィに言ったことだった。
だからアドリィは竜の姿になることを考えていたのだろう。
でも自信がなか75ったのだと思った。姿を変える感覚ももしかすると忘れていたかもしれないし、姿を見られることにも抵抗感があって、覚悟が決まらなかったのかもしれない。
そのためにずっと自分と向き合っていたのだと考えると合点がいった。
この瞬間を迎えるべく、準備をしていた。
そして、ときは満ちたーーー。
「・・・小柄だが、美しい・・・」
シルドレイルが吐息にように溢し、ガーレルも頷いた。
「・・・ああ。鱗が、まさに虹色に煌めく。あんな鱗をこれまで見たことがない・・・」
二人の竜王の、物理的な距離など関係ない竜の目が遠見に、森の奧も奧、隅っこに現れた竜の姿を見ていた。
気配も姿を、アドリィであることは間違いなかった。
人間に化けた姿同様、小さな体だった。でも巣立ったばかりの子供にはあるはずのない角を備えていて、生きてきた時間の長さを教えていた。
正体としてアドリィの竜体を視てはいたが、実態となったものを目の当たりとではまるで違うのだと感じた。全身に感じる喜びは格別で、感激は心が震えるほど大きかった。
「怪我や傷は無い、完璧な姿だ・・・」
「そうだな、今時珍しい・・・」
人間に襲われ得る危険性が高いという意味で、シルドレイルは今時と言ったが、それだけではない。仲間同士の争いや喧嘩で齧り合って、尾や腕を失うことになっても特別なことではないのだ。鱗や肉が軟らかい子供のうちなら特に。子供の頃の方が再生が速いという利点もあり、その中で強く上手く生き残ることに意味がある。
でもそれとはまったく別の次元の話だった。
しなやかでか細い肢体や尾に一切の欠損がないなど夢を見ているようだった。
現実感のない美しさだった。
「再生の痕もない、尻尾の先まで美しい・・・。人間に囚われていたことが幸いしたんだな・・・」
思い付くままに呟いたガーレルが、まるで囚われていたことが良かったような、酷いことを言っていることに気付いて苦笑して、もう一つ、はたと我に返って慌てた。
舐めるように眺めているのは自分だって同じだろうと、他者が一緒になってアドリィを見ているのが腹立たしくなっていた。
心の狭さを発露させるガーレルが視線をアドリィに向けたままで、シルドレイルを非難した。
「おい、あんまり見るなよ。見られるのが嫌だからおれたちから離れているんだろうが・・・」
20170409

前へ 目次 次へ