第五章

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擬態を解いて、竜に戻りそうになる。
己の体躯と、蒼竜王として操ることの出来る水の精霊を行使し、単独でいいが、ヴァルネライラがいるならもっと大きな成果が出せるだろう。
あらん限りの力で攻撃に出たら、人間を壊滅させることが出来るだろうか。
それはときどき、ふと考えることだった。
それだけでは足りないというなら、闘うことの出来る竜たちに号令を掛け、賛同する竜たち総出で仕掛けたらーーー。
声に出したつもりも、念話で送ったつもりもなかったが、シルドレイルの中の想像に、ヴァルネライラは真面目な顔で答えた。
「・・・無理だと思うわ・・・。人間は増えすぎた。竜たちは狩られすぎた。命を掛けて、ある程度を退治したって、どこかに母親と子供が隠れ潜んでいれば、またすぐに数を増す。今や竜よりも人間の方が勢いがあって世界に愛されている。やるならもっと前に、これほど蔓延る前にすべきだった・・・もう手遅れーーー」
「その通りだな・・・」
シルドレイルも冷静に認めて、重い沈黙が生まれた。
もはや地上は完全に人間のものだった。古い種族である竜は時の流れに呑まれ、消えるしかないのかもしれない。
憂鬱を振り払うように、ヴァルネライラが華やいだ声を出した。
「ーーーそういうことで、わたくしはみなに挨拶して発つわ。傷心のあなたにすべて任せて逃げ出す借りは、いつか返すつもりでいるから、どうか許してくださいな」
ヴァルネライラは大胆でも義理堅いところがあり、本気で言っているのだとわかったから、シルドレイルは薄い笑みで応じた。
いろいろな要素が一同に集まってしまい、無視できない状況になりつつある。その中で、とりわけ大きい部類の、紅竜・ヴァルネライラという危険物がここから離れて行ってくれることだけでとてもありがたいーーーなどという本音は言えるはずはない。



広間に戻ったヴァルネライラは、なんとかガーレルの腕の下から抜け出したアドリィの前に立つとににこやかな笑顔を浮かべた。
「シルドレイルはまったく大丈夫よ、あんなの普通だから。安心して。いろいろ名残惜しいけれど、わたくしはこれで帰るとするわ」
まだ酒宴の余韻も強く残っているところ、突然に言われて驚いていた。
「・・・もう行かれるのですか?」
「ええ。お酒もなくなったことですし、頃合いねーーーって言うよりもね、人間が近くにいるのが、どうにも気に障って、我慢ならないの。攻撃したくてうずうずしてくるんだけれど、蒼竜王の意志を無視するわけにはいかなくて、退散するの」
苦笑を浮かべるヴァルネライラに、もう決まってしまっているんだと感じたアドリィは何も言えず口を噤んだ。
なんだか物寂しい気分になっていた。
「あら、なんて顔をするの、あなたったら。そうね、あなたが不安を感じるならいることにするわよ」
「不安・・・?」
「不穏な空気になってきているのに、側にいるのがこの男では心配よね・・・」
「え、そんなことは・・・」
「がさつだし、いいかげんだし、自分勝手だし・・・当てになるかわからないものね」
「そんなことはないです・・・」
「いいえ、そんなところよ、この男は」
自信たっぷりに言うヴァルネライラは、出会ったばかりの自分など比べものにならないほど、ガーレルを知っているのだろう。
そんな紅竜王のヴァルネライラがこの森に現れた衝撃は、アドリィにとってとても大きかった。
驚いて、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ガーレルと一緒にいてはいけないのではと感じて、ヴァルネライラから非難されるのでは怯えた。
でも動揺したのは、アドリィだけではなくガーレルもだった。
焦ったガーレルが少々強引な決着を付けようとして、思いをアドリィに告げた。
檻の中から出してもらってからずっとどこか夢見心地にいたアドリィが直面した、ヴァルネライラやガーレルの思いもすべて、現実感だった。
それは出来るならこのまま目を背けていたかったことで、突きつけられてしまったとき、苦しくて、苦しくてーーー。
散々泣いてしまった
でもいくら泣いたって解決出来るはずのないことだったけれど、他でもないヴァルネライラがアドリィを助けてくれたのだ。
知らないことを教えて、掬い上げてくれた。
考えないで、逃げようとしかしなかったアドリィを導いてくれた。
美しく力強いヴァルネライラは紅竜王の呼称に相応しい竜王で、華やかでありながら、会ったばかりで見ず知らずのアドリィにもひどく優しい竜王だった。
今だってーーー。
くすりと笑って、
「わたくしには不満ばかりの男だけれど、あなたには違うのよーーーって姿をちゃんと見せて、せいぜい頑張りなさいね、あっさり呆れられないように」
「うるさいぞ・・・」
振り返って見ると、ガーレルが不機嫌な顔でのっそりと起き上がっていた。
「・・・野暮ね、女同士の話にすぐに割り込もうとする。アドリィ、やっぱりこんな男は放っておいて、わたくしと一緒に行くのはどうかしら?」
魅力的なヴァルネライラに誘われていたが、頷くことは出来なかった。
身に余ることだと感じても、アドリィはもっと不遜なことを望んでいるのだ。
どんな言葉でお断りすればいいのか、失礼にならないのかと悩んでいると、ガーレルだった。
「なにが女同士だ。おれの悪口を吹き込もうとしていただけだろうが」
後ろから引っ張られて、アドリィはガーレルの膝の上にぺたりと座り込んでいた。
「アドリィの代わりにおれが答えてやるよーーーさっさと一人で帰れ」
「じゃあ、わたくしもためになることを教えるわ、心の狭い男は嫌われるのよ」
「うるさい、無駄口はいいから、もうとっとと帰れ!」
「うるさいのはどっちよ、言われなくても帰るわーーーだから、はい、これ、持っていて。壊さないでよ」
ヴァルネライラがガーレルに手渡したのは、体から外した腕輪や首飾りといった装飾品だった。
それだけには終わらない。
ヴァルネライラは次々と衣類を脱いでガーレルに放り投げていた。
アドリィが言葉もなく驚いている間に、すっかり素っ裸になっていた。
「おまえ、少し肉が落ちたか、もう歳だな・・・」
「・・・ガーレル、あなた、知ってるかしら」
ヴァルネライラの声は低く怖いものだった。
「人間は女の裸を見たら、お金を払わなくちゃいけないのよ。さあ、いくら徴収しようかしらーーーあら、女の子はいいのよ」
20161027

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