第五章

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アドリィの感想は、喉と腹の中が熱くなって面白いだった。
少量を警戒しながら飲んでいたからアドリィはまったく酔わなかったが、アドリィ以外は人間として酒の酔いに一時身を任せて愉しんでいた。
人間の姿であったけれど、人間としてはありえない量を七人で平らげて、明け方にはそれぞれはち切れそうな腹を抱えてうとうとと惰眠を貪っていた。
最初に動き出したのはシルドレイルだった。
すくりと立ち上がった気配にアドリィは目を覚ましたが、見上げたシルドレイルの横顔は普段通りとても冷ややかで、立ち去ろうとする蒼竜王に投げかける言葉など見つからなかった。
一番酒宴を楽しんでいないのはシルドレイルだと感じていたから、怒っているのではと不安になっていると、いきなり視線を落としたシルドレイルと目が合ってしまう。
嫌そうに顔を歪められた。
「何だ、何か言いたいことがあるのか?」
「いいえ・・・」
でもシルドレイルの不快感がアドリィに強く伝わっていた。だから言葉が突いて出る。
「わたしにできることはありますか?」
少しでもシルドレイルの気分が回復するために、自分にでも出来ることがあるならなんでもしたかった。
シルドレイルの領地に立ち入ることを許してもらえたからこそ、こんな楽しい時間を過ごせているのだから。
「おまえに出来ることなどない」
けれど強い怒りの色が滲んだ、にべもない返答にアドリィは身をきゅっと竦めていた。
そんなアドリィに、横で転がっていたガーレルの片腕が伸びていた。
「わあっ」
引き寄せられて、抱き枕よろしく抱き竦められていたが、ガーレルが寝ぼけただけでないことはアドリィにもわかった。やんわりした力はアドリィを潰さないよう加減をされたものだったからだ。
シルドレイルはそのまま行ってしまい、余計に怒らせてしまったとアドリィは落ち込んでいたが、
「気難しいのよ。あなたにはあの男の扱いはまだ無理よ。わたくしに任せなさいな」
にっこりと微笑んだヴァルネライラが、シルドレイルの後を追っていった。
ただ背を見つめるしかないアドリィと、もう三組の視線と、シルドレイルに興味のない黒竜王が閑散とした宴の跡に残った。



「シルドレイル、待ってーーー」
本当は待ちたくなかったし、話もしたい気分ではなかった。
竜に戻って翼を生やし、飛び去ってしまいたかったがそんなことをしたら要らない憶測を呼んでややこしいことになりそうだった。
だから仕方なく振り返ったシルドレイルに、ヴァルネライラは豪快な性格に似合わない複雑な表情をしていた。
「申し訳ないと思っているわ」
唐突に言われたことが理解できないシルドレイルに、静かな口調で告げられた。
「みなであいつの味方をしている。苦しんでいるのは、あいつだけではないのに・・・」
「・・・」
「ごめんなさい」
「・・・あの娘の血脈を知っているのか・・・」
シルドレイルは絞り出すように言った。
「会って、気付いたわ。気が付かないのはいろいろと鈍いあの男ぐらいね・・・」
「私が愛しいのはあの娘ではない」
「でも、気になっている、当然よね。あなたの苦しい思いに終止符を打つのに彼女は最適な存在で、方法だと感じている・・・」
「だとしても、狂った闇竜の世話をするような面倒ごとは要らん。そんな解決法など辞退する」
「・・・そうね・・・そうしていただけるとありがたい。こうなってしまうと、あいつが彼女を大切に抱えて、馬鹿をしないで大人しくしていることが一番だと思うから・・・」
浮かない顔をしたヴァルネライラに、シルドレイルの表情も強張っていた。
「あの男の異変を感じているのか?」
「異変だなんて、たいしたものではないわ。ただ苛立ったとき、昔より大きく感情を乱す」
シルドレイルとヴァルネライラの周りを渦巻くように炎が舞っていた。
間違っても会話が他に漏れ出ていかないように、ヴァルネライラの操る火霊が竜王の声を焼き尽くす。
「そんなことは普通だ」
「ええ、そうね。わたくしだって、我を忘れてあたり一帯を焼野原にぐらいは普通にするわね」
冗談めかして肩を竦めて見せたヴァルネライラに、シルドレイルは真顔で言った
「この森ではやめてくれ」
「ここはわたくしだって遠慮するわよ。あなたの水霊が多すぎて、肉を焼くだけでも疲れたから」
でも、と続いた。
「あいつは、神経が太いから、怒って我を忘れるようなことはあまりなかった。いつも一呼吸置いて、暴れていたわ。でも最近は少し違う。歳を取って、短気になったーーーだけっていう気もするし、すべて杞憂であればいいと思っている。けれど人間が私たちに、気に障る、腹立たしいことばかりするからとても心配なのよ!」
語調を荒げたヴァルネライラを、シルドレイルは低く諫めた。
「精霊が共鳴する精神同化を引き起こすと厄介だぞ」
それは精霊を介在する竜王間特有の同調だった。
普段竜同士では起こらない、強い同化は精霊という異物が作用するためだと言われているが、始まってしまうと意識を乗っ取られるように強烈で厄介だった。
「わかっているわ。わたくしが一番、危険だってわかるから、早々に発つつもり。ここは人間が近くにいて酷く目障りで爆発しそうよ」
激しい言葉だけで終わらず、牙を剥くように唇を捲り上げた美女に、こちらも秀麗な美貌に人間では刻むことの出来ない歪みを寄せて、吐息を吐く。
ヴァルネライラに言ったばかりだというのに、シルドレイルは込み上げる怒りに体が膨れあがりそうだった。
20161023

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