第五章

12
「・・・それは、おれはきみから遠回りにふられたということなのか・・・?」
「少し違うけど、でもそういうことかもしれない。今のわたしは、ガーレルに相応しくない・・・誰にも相応しくないから」
否定と肯定が一緒くたになった返事に、理解が出来ないとガーレルは顔を顰めていたが、それだけではなかった。アドリィは続けた。
「でもいつか、今とは変わりたい。変われるよう生きていきたいと思ってる。そのときはもう少し、ガーレルに相応しくなれていたらいいなって・・・思ってる・・・え、あっ」
一跳びだった。
予備動作も助走もない跳躍で、一気に距離を詰めたガーレルがアドリィの前にいた。
息を呑んだときにはガーレルの両腕に抱き上げられ、空へと掲げられていた。
「わあっ・・・」
太陽という強い光源もない夜の世界に、ガーレルは酷く眩しそうにアドリィを見上げた。
「つまり、おれはきみを待っていればいいってことだな?」
「・・・待ってなくても、もっと素敵な相手を・・・」
「ああ、そんな相手がもしも見つかったらそうしよう。だが、たぶん見つからん」
「そんなことは・・・」
ないと言いたかったけど、眩しいガーレルの笑顔に言葉を見失ってしまったのだ。
心臓の鼓動が激しくなって、体温が上がり顔も熱い。
もう下ろして欲しいのに、ガーレルがまともに見られないし、言い出すことも出来なかった。
「きみが言うような相手が、捜しても見つかれなかったとき、おれはきみに期待していいってことか?」
「・・・わからない・・・期待されたようになれるかわからないし・・・」
「おれが一番期待することは、きみがおれの横にいること。きみを連れてミッドルーンに帰りたい。おれの領土にきみを迎えて、命が果てる時まで一緒に過ごしたいってことだ!」
急展開についてゆけなくて慌てるアドリィはじたばたと暴れ出す。
手を滑らせて落としてはいけないと腕を曲げ自分の体に引き寄せたガーレルは、そっと額を合わせた。
「アドリィ、おれはいつまでも待つぞ。おれが望むのはきみだ。きみが納得するまで待つ。待たせてくれ・・・」
自分が求められていることをひしひしと感じた。
そんな価値などあるのだろうかと自分でも不思議だったけれど、でも逆に、硬い鱗も大きな躯も、竜らしい力強さもーーー何も持ち合わさないみすぼらしい自分にもいくらかの価値があることをこれ以上のない方法で教えられていた。とても嬉しかった。
今まで味わったことのない満ち足りた気分に包まれていた。
自分にも、ちゃんと意味があったのだ。
噛みしめる喜びがアドリィを少し大胆に、素直にした。
「・・・待っていて欲しい・・・。わたしはもっと大きくなりたい。強くなりたい」
願いは力になるのだと、ヴァルネライラに教えてもらった。
だから、諦めているのをやめて、未来に向かってできる限りの努力をしようと決めた。
「わたしも諦めないことにした。だから、ガーレルも・・・」
「ああ、おれも諦めない。おれはきみと番になりない・・・」
ガーレルの言葉に、アドリィは心が震えた。
信じられないような喜びと、ふと湧き起こった、本当にこれでいいのだろうかという不安が綯い交ぜに膨らんで苦しいになっていた。
心が弾けそうで表情を陰らせたアドリィに、ガーレルはそっと顔を寄せた。
小柄なアドリィと大柄なガーレルの姿は、まるで子供と大人だった。到底恋する者たちには見えなかった。
それどころかか細く、弱々しくて未来があるとも見えないのだ。
でもアドリィは、ガーレルの愛しい娘だった。
小さくて、優しいて、美しいーーー。
天恵特有の、色素の薄い、稀有な虹色の竜ーーー。
ガーレルのひどく愛しい相手だった。
ガーレルの唇が、アドリィのそれに触れた。
唇で相手の柔らかさを感じるだけの穏やかな口づけをしたガーレルは頭を起こすと、アドリィの表情を覗いた。
アドリィの白い肌は桃色に染まっていた。
頬も首筋までも染まっていたが、アドリィはガーレルを見つめていて、視線が合うとはにかむような笑顔を浮かべていた。
その可愛さったらーーー。
「こ、黒竜さまっ、アドリィが圧死するっ」
「ほんとに潰れちゃうったらっ!」
いざとなったらキリングを助けに入らないといけないと黒竜の行動を警戒していたネーザリンネとディーメネイアが安心したのもつかの間、愛しさに思わず力一杯抱きしめたガーレルの腕力の下から、必死になってアドリィを救出した。



最初こそ、こんなの茶番だとガーレルは宴を主催するヴァルネライラにぶつぶつ文句を言っていたが、竜たちの酒宴は明け方までしっかり盛り上がった。
こんなこと初めて、と嬉しそうにするアドリィの一言にガーレルも水を差すだけの意味のない悪口を謹んだし、そもそも直前にアドリィの思いを聞いて、場の誰よりも上機嫌だったことは言うまでもない。
シルドレイルは独り静かだったが、それ以外の者は陽気に飲めや歌えと酒や料理を楽しんだ。
山ほどの酒をヴァルネライラがどうやって買い集めたのか。それ以前に、ヴァルネライラは毛嫌いする人間にちゃんと金を払って買ったのか、強奪したのではないか。
強奪したにしても紅竜が街を襲ったという話は聞こえていない。じゃあ、人間の姿で酒店を襲い、大荷物の酒樽を担いで逃げたのか。
出来なくはないけどそんな賢くないことはしないわよーーーと盛り上がった話も、人間相手なんだから、本当に竜の姿で街を襲って奪ってこればよかったわね、としみじみ後悔が語られた頃には、用意した酒や丸焼き料理はほぼきれいに胃袋に収まって消えていた。
アドリィも勧められて酒を飲んでみた。
過保護なガーレルが心配していたが、アドリィを子供扱いするのか、しないのかはっきりしなないとヴァルネライラ他の女たちに揃って攻めたてられて、渋々折れたのだ。

20161020

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