第五章

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また性格は攻撃性に繋がるから、キリングは多少のことでは退かない向こう見ずな闘いを仕掛ける竜だろうなと想像が付く。
一番敵にしてはいけない竜とも言えた。
今度はいったい何を言い出すつもりかーーー。
憂鬱な溜息が込み上げる。
闇落ちは、まさにガーレルのための話題だったが、臭い物に蓋をするが如く普通はガーレルの前では避けるから、ぶつけられる経験がない。
口論に勝てる気はしないところに、相手は最悪にキリングだ。
竜王でありながら為す術なく言い負かされる様をアドリィの前で晒したくなかったが、我を忘れての腕力決着は勝利してももっと悪いだろう。
窮地に緊張するガーレルに、キリングの態度は意外な物だった。
「黒竜さま、私が悪かった、非を認めます。ご無礼をお許しください」
「はっ・・・べつに、いいが・・・」
気味が悪いほどのしおらしく頭を垂れたキリングに肝を潰していた。
「寛大な黒竜さま、心より感謝いたします!」
「・・・ああ・・・」
何か企んでいるのではないのかと疑ったが、その通りだった。
大人しかったのは最初のそれだけだった。
「よかった。私ったら根がとても素直だから、思ったことはついつい言っちゃうんですよね。本当に、あれは言わないのが正しい配慮だったのに、すみません、大失敗でした!」
明るい笑顔ではきはきと、まったく悪びれないキリングにガーレルは頬を引き攣らせた。
「でももう失敗してしまったので、覚悟を決めて言っちゃいますけど、黒竜さまも正しくない、間違っていると思ってますけどね。闇竜だからってのは理由にならないと思います」
「・・・おい、前言を撤回するぞ・・・」
低い声で威嚇してみたが、キリングはどこ吹く風だった。
「べつに構いません。でもこっちの言いたいことは最後まで言いますから!」
どいつもこいつもおれを舐めてるな!ーーーというガーレルの憤慨は、肝心の女たちは通り過ぎてシルドレイルぐらいにしか届かなかった。
しかしシルドレイルに届いても助けには来ない。知らん顔で傍観者に徹していた。
アドリィはキリングがガーレルに謝罪することに至る場面にいなかったので、どういうことなのかわからない。でも気になるので、少しでも状況を掴もうとして細心の注意で見守っていた。
だからガーレルとキリングの一対一の組み合わせは全員の注目の的になっていても、誰も口を出さないし動かない。
分の悪いガーレルは少々恨めしく感じたが、シルドレイルが加わった程度では勝てないだろうと考えて、ヴァルネライラに加勢されたら大惨事になりかねない。アドリィは、捲き込みたくない・・・。
キリングと仲のよい二人の女の敵対側への参戦が無いことを心から喜ぶべきだと考え直した。
あとは、己が精一杯理性的かつ冷静に、アドリィの前なのだから間違ってもぶちキレないよう対処することが大事だと自分に言い聞かせた。
果たして、言いたいことを最後までいうと宣言したキリングはーーー。
「図太そうな黒竜さまだから、あんなことをおっしゃるなんて驚きでした。でも闇竜だから、伴侶を持つつもりはない、子を欲しいとは思わないーーーっていうのはやっぱりおかしいと思います。気楽に遊び回るための口実なんじゃないかしらって私たちは思っちゃいますね。理由にして、逃げているだけ!」
「なんだとっ!?」
真っ向からの非難にさすがにガーレルは怒りを滲ませたが、キリングは唇の端を吊り上げただけで恐れる気配は微塵もなかった。
「伴侶は、双竜の問題のはず。それなのに一方的に黒竜さまが、自分には要らないって、とても横暴ですね。伴侶になる相手は卵の中にいる頃には決まっているっていう縁論(えにしろん)を、黒竜さまだって、勿論、ご存じよね。そんな態度を取る雄竜に定められている雌竜は悲惨だわ。男の身勝手に独りを強いられてしまうことになるんだから。ーーーねえ、そう思われませんか、シルドレイルさま?」
いきなり話を振られたシルドレイルが眉根を寄せた。
過去の思いに囚われて、一向に伴侶を決めない自分の態度も一緒に非難されているのだと感じたが、そう言われても困る。
ならただの消去法と適当な気持ちで選ばれてもいいのか、それが縁と納得できるのかと逆に聞きたくなったが、キリングはすぐにシルドレイルから顔を背けてガーレルに戻ってしまった。
「縁論はともかく、私たちは思うんですけど、黒竜さまの場合、諦めるではなく、それでもいいと言う相手を見つけることが必要なんですよ。先代の黒竜王だけじゃない、歴代の黒竜王はほぼ番になられていますよね。不幸な最期を遂げられた方々もいらっしゃいますが、巻き添いをくらったと恨んだりしてないと思います。恨むぐらいならそもそも黒竜王に添い遂げようとは思わなんだから。それなのに現黒竜さまったら、お相手を見つけようとする努力を放棄している。よくない態度だと思いますよ」
「簡単に言うが、おまえたち・・・。闇竜と番になりたいと思うか?」
「いいえ、思いません!」
きっぱりとキリングは答えた。即答だ。
「私たちは、蒼竜王さまをお慕いしてますので、申し出られてもお断りします!ーーー代わりに、ここにいる蒼竜王さま狙いじゃないアドリィに客観的な意見を聞いてみましょうか。ねえ、アドリィ、あなたはどう思う?」
アドリィは大きく虹色に色を変える瞳を大きく開いた。
尋ねられてびっくりしたが、だいたいの話はわかった。
ガーレルがアドリィにしてくれた、黒竜王であるガーレルの悲しい決意の話だった。
そして、自分には決してキリングが言うような客観性はないなあと感じたけど、そんなことはキリングは百も承知だろう。
「わたしは・・・わたしもガーレルは探せばいいと思う。そうすればきっと見つかると思う。黒竜のガーレルのことが好きで、一緒に生きてゆきたいと思う竜は絶対に見つかる。ガーレルは強く、美しくて魅力的だから・・・とわたしは思う・・・」
最後は恥ずかしくなって小さな声になっただけでなく俯いてしまった。
でもアドリィは心からそう思っていた。
自分はこんなにガーレルに惹かれている。同じようにガーレルに心を奪われる雌竜は必ずいる。まだガーレルに出会う機会がないだけでーーー。
そんなことを思うと心がちくりと痛んだ。
でももう涙は出なかった。
顔を上げて、真っ直ぐガーレルの顔を見た。
驚きと不安を混ぜたような顔になっているガーレルに、アドリィは言った。
「ガーレルは、ガーレルに相応しい相手を探し続けるべきだと思う」
20161016

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