第五章

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ヴァルネライラから、呼び出しだった。
『いつまでいじけているつもり?さっさと戻ってきなさいな、宴会をするから』
ガーレルの頭の中に響いた念話に、無視しようかと思ったところ、こうも言った。
『アドリィがあなたのことを心配しているわ。いじけている最中の駄目男は返事もしないから来ないみたいよって伝えればいいのかしら?』
『誰が駄目男だ!行くーーー』
答えずにはいられない状況に仕立てられたが、どこまで本当なのか知れたものではないと唸りながらものっそり腰を上げたガーレルは重い足取りで歩き出す。
翌日の晴天を約束する綺麗な夕暮れは瞬く間に暗黒に塗り替えられていた。
シルドレイルの玉座のある広間は、夜陰を振り払うようにあちらことらと火が焚かれて、その周りにはいつ用意されたのか、酒や食べ物が並べられていた。
それを目にしたガーレルは、人間の真似事に本格的な酒宴を始めるつもりらしいと感じた。
すべては遊びだった。
模倣遊戯だ。
ここにいるのはみな、竜なので基本的に暗闇だろうと灯りを点す必要などなかった。
能力が低下する人間の姿に化けていてもそれぐらいは問題なかった。アドリィだって夜目は利く。
そもそも馳走を並べる酒宴そのものが人間かぶれした催しだった。
「やっと来たわね。こっちも彼女たちに手伝ってもらってだいたいの料理の準備が整ったところよ」
ヴァルネライラの示した先に目を向けるとこんがりといい焼き色の肉の塊だった。
木箱いっぱいの瓶や樽で用意された酒ばかりが目について、もしかしてほぼ酒だけなのかと心配になっていたが、料理もちゃんと用意されていることに安心した。
ヴァルネライラが集めたのなら、口当たりのきつい酒ばかりだろう。自分はそれで構わないが、アドリィが楽しめないのではと思ったのだ。
皮を剥がされ丸焼きにされる鹿二頭と猪一頭を包む大きな炎が、まさにすっぽりと肉を取り巻いていながら異常に強い火力に反し焦げがほとんどないという普通ではありえない調子なのはヴァルネライラが命じた火の精霊の働きなのだろう。
ネーザリンネ、ディーメネイアとキリングの三人の女たちが楽しげに肉の焼け具合を見守っていたが、その横にアドリィの姿もあって、ガーレルはほっと胸を撫で下ろす。
一瞬こっちを見たアドリィと視線があった気がしたがすぐに逸らされてしまったのが気になったが、泣いてはいないことが嬉しい。
しかし、目下、対処すべきは目の前にいるヴァルネライラだった。
「結構大がかりにやるんだな」
「勿論よ。だって最初の印象が大切でしょ、しっかり心を射止めないとね」
「何の話だ?」
「決まってるでしょ。可愛い彼女の気持ちを惹くためよ」
可愛い彼女が、アドリィのことだとはわかった。他に可愛い女などここにはいないのだから。
でもその先がよくわからない。首を傾げるガーレルにヴァルネライラが言った。
「あなたに飽きたら、わたくしと暮らしましょうって誘ったの。ーーーいちいち騒がないで、うるさいわ。彼女があなたに飽きたときの話よ。きっと他からも声を掛けられるでしょうからね、ちゃんとわたくしを選んでくれる様に根回しをしなくちゃいけないでしょ?」
「勝手なことを言うなっ」
「何を今更。おのおのが好きな様に生きるのがわたくしたち、竜の生き方でしょ、寝ぼけないで。優しいわたくしだから教えてあげるわ。あなたがしなくちゃいけないのは、怒鳴り散らすことじゃなくて、この先、彼女にあきられないようにすることよ。まあ時間の問題でしょうけど・・・」
うふふっと魅惑的な笑みを浮かべたヴァルネライラにガーレルは苦虫を噛み潰した顔だ。
口では勝てそうにない。
だからつい手を出すのが、これまでの関係だった。
ちなみに体付きが一回りや二回りぐらい小柄だろうと、雌竜は気が強い。
その中でもヴァルネライラは、最近までガーレルの知る限りの筆頭だった。
顔を合わせれば意見の食い違いに言い争いになるが、ガーレルではまるで歯が立たず、つい暴力に訴えてしまうが、本体の竜に戻って繰り広げられる本気の大喧嘩では、一度など危うく腕を噛まれてもぎ取られそうになった。
肩に噛み付いたガーレルをすぐさま振り払っての反撃だった。
辛うじて、噛み切られる前、ねじ切られる前に紅竜の口の中から前脚を取り戻したが、後遺症は大きかった。そのあとずいぶん長い間、動かなかった。
傷が悪化して前脚は腐って落ちるかというところまでいったが、なんとか回復した。
成長期を脱したことで若い頃より再生速度が落ちていると実感した時でもあり、散々な思い出だ。もうあれを繰り返したくない。
しかも今は、アドリィがいる。
乱暴なことをしたらどんな風に思われるかわからないので、絶対に避けたいのだ。
だからヴァルネライラに好き放題言われながらもぐっと我慢したガーレルにひたひたと近づく存在があった。
「黒竜さま、今、いいですか?」
「ああ・・・」
尋ねられたのでとりあえず許したが、ガーレルの表情は変わらず渋面のままだったのは、相手が苦手とするキリングだったためだ。
ヴァルネライラから、キリングでは大差ないどころか、状況はむしろ悪化したと言ってもいいぐらいだ。
キリングはヴァルネライラが優しいと錯覚するほどに激しい雌竜だった。
この女との口頭戦ーーー糾弾は辛辣で激しい。
痛いところを的確に容赦なく突いてくる怖さがあるし、普通は避けて通る闇竜にまつわる禁忌だってものともしない猛者だ。
相手が竜王だからと言って、竜が一方的にひれ伏すことはないし、竜王もそんなことは期待しない。
敬意はあるが、それは強く美しい優れた竜に対する尊敬に過ぎない。
一応、王とは呼ぶが、人間のように王だからと無条件に傅き従うことはないことをガーレルもわかっているし、当然だと思っている。
キリングは相手に物怖じせず己を貫く、誇り高い竜らしい竜と言えた。
でも限度を超えていると感じるのだ。
20161013

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