第五章

8
「聞いていないが、あの娘の話だろうが・・・」
「ああ、そうだ・・・」
「おまえが殺さなくても、誰かが殺す」
「はあ?」
「おまえが連れ出さなかったら、人間の中で殺されただろう。この先、どれほど長らえるかわからないが、あの食の細さしかないならもうどれほども保たなかった。食えないなら死ぬ」
「・・・」
「幼い子供のようなーーーとりわけ成長の悪い子だ。守る親がいないなら死ぬ。生かしたいなら、誰かがもっと安定するまで側に付いているしかあるまいが、最も親身になれるのはおまえだろうよ」
「けど、おれは・・・」
「運が尽きたときに死ぬんだと思っている、私もおまえも、すべてだ。ここまで生き延びてきたあの娘の命運がいつまであるかなど誰にもわからない。誰かがあの娘を殺す。なら、おまえは誰がいいと考えている?」
無言のままのガーレルに、返事を待つつもりなど端から無いシルドレイルは続けた。
「あとは好きにしろ。おまえがもう面倒をみないというならこの森で生きてゆけばいい。女たちが世話をするだろう」
「肉、ちゃんと食わせるかな・・・」
「それは無理だろう。強制するのはおまえぐらいだし、あの娘もおまえだからと素直に食べているだけだろうよ」
ガーレルはくつくつと喉を鳴らせて笑っていた。
「なんて言うか・・・面倒だからさっさと話を終わらせようというやっつけ感を感じなくもないが・・・結構参考になった・・・」
それ以上の具体的なことをいわなかったが、迷っていた思いに踏ん切りが付いたかのようにひっそり嬉しそうな顔をするガーレルから、シルドレイルは顔を背けていた。
ガーレルに話した思いに嘘はなかった。
でも押し隠して、口に出していない思いがあった。
あれは、シルドレイルの恋しい者の娘。
忘れ形見だった。
スフィジェほどの強い思いは抱けなかったが、彼女に次ぐ者がこの世にいるとしたらあの娘しかいない。
我ながら酷く女々しいと感じているが、まだ終われないのだ。
行き場を無くした思いに終止符を打って、終わりにしたいのに終われない。
終わりにする方法を教えて欲しい。その為なら何だって出来そうだった。
いっそのこと、あの娘を自分の手で消し去ったらーーー。
怒り狂って、闇落ちして狂ったガーレルヴァルグとすべてを忘れて闘ったら、課せられている役割も含め、すべてが丸く収まるだろうか、という暗い発想があったが、話すのも行動を起こすのも非常に億劫だった。



アドリィの話はそれで立ち消えていった。
再びガーレルが口を開いたときには、人間の話題だった。
すっかり普段の不遜な黒竜王の表情に戻っていた。
高台から遥か遠くの人間の姿を人間ではありえない視力で長めながら、
「面白い話がある。人間が少し進歩したらしい。気配を消す方法を生み出したんだ。知っているか?」
「・・・いや、知らん。なんだ、それはーーー」
「帝国の魔術師だ。実際にやられた。間近に迫られて、闇精霊が騒ぎ出すまでおれはまったく関知できなかった。目の前にいても陽炎の様で驚いた」
振り返って、にまにま笑いながら失敗談を暴露する黒竜を蒼竜は真面目な顔で見つめていたが、
「それでどうした、その後、魔術とやらで、ぶつ切れにされたのか?」
「いいや、それだけだ。光を帯びた剣で切りつけられたが、おれの鱗の方が硬かった。弾き返して傷も付かなかった」
ガーレルは威張って言ったが、シルドレイルはふんと鼻を鳴らせた。
「どこが面白いんだ、つまらん・・・」
「そう言うなよ。けど、おまえだって、いきなり人間に背後を突かれたら結構、驚くって」
「気配を消そうが、後の攻撃方法が伴わないなら、脅威にはならない」
まあ、そうだけどと、ガーレルも同意した。
並外れた能力を持つ竜王ならではの会話だった。
「けど、おれたちは、人間たちに地道に研究されているようだってことだ」
危機感の薄いあくまで他人事の響きだった。
けれど、黒竜のよりももう少しだけ仲間意識のある蒼竜王は思いを巡らし、重い溜息を吐いた。
「帝国は密かに竜を買い取って、生きた竜を手元に置いて、生かす殺さず切り刻んで、知識を得ているとは聞くな・・・」
「ああ、それはおれも聞いた。腹の立つ話だ。だから王都のそれっぽい研究所を片っ端から潰してやろうとか考えていたんだが、途中でアドリィに会ったから、やめた。アドリィの方が楽しいからな」
仲間のためになる良い行いをしようともしていたとも聞こえたが、シルドレイルは血相を変えた。
「やめろっ、馬鹿なことを考えるな!」
「人間の味方か?」
「よく言う。片っ端から建物を潰して回るだけで、囲われている者を助けるつもりはなかったんだろうが。おまえの悪事は、私を捲き込む。長老に呼ばれる、やめろ!」
助けたくても助けられない事情もある。
かなり前から竜の生態を調べている、弱点を知るために実験を繰り返しているという話は聞くが、それらしい建物のどこにも竜の気配を感じられないし、念話の呼びかけにも応答がない。
どんな竜が囚われているのかもわからなかったが、竜は自力で脱出出来ない状況にあるのだろう。竜が弱っているか、元々ひ弱な竜だと考えるのが自然だが、その竜の能力を上回る強固な檻に入れられているから抜け出せない。
人間に囚われていた境遇の近いアドリィに出会ってから、ガーレルもその竜のことが以前より不憫に感じるようになったが、いかんせん、居場所がわからない。
だから手っ取り早い方法が、竜の頑丈さを信じて手当たり次第に建物を壊すが一番だと思っていたが、竜の建物に辿り着く前に長老に呼び出しをくらう危険性は高い。
20161006

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