第五章

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ヴァルネライラは紅竜王に相応しい包容力のある魅力的な女性だった。
彼女こそ、ガーレルにお似合いなのにと感じたけれど、アドリィは心の中でごめんなさいと、謝っていた。誰にかは自分でもよくわからない。でも謝りたくなったのだ。
そして、それでも自分はガーレルと一緒に居たいから、できることはなんでもしたいと思った。
全力で、ガーレルの側にずっといるために。
それがアドリィの夢であり大きな目標となった。



ヴァルネライラに追い払われてしまったガーレルは、しばらくぼんやりと歩いていたが、行くところもなく最終的に、人間を眺めた丘の上に戻っていた。
人間を見ていてもつまらないが、この最悪な気分の気晴らしぐらいにはなると思ったのだ。
ところが嬉しい誤算と、その場所には先客がいた。
ガーレルの後に、ヴァルネライラと一緒に森の内部の戻ったはずのシルドレイルが長い蒼い髪を風に靡かせて佇んでいた。
色めきたつガーレルが口を開く前に、振り返りもしない後ろ姿が冷ややかに言った。
「何をしに来た?」
「何って・・・そりゃあ、男同士の話でもしようかなって。ここに棲む男はおまえだけなんだし、おまえもたまには男同士の話をしたいだろうと思ったおれの心遣いだな」
ありがたく思えと宣うガーレルに、シルドレイルはにべもなく
「結構だ。失せろ」
「素直じゃないなあ。感謝しろよ」
シルドレイルの横にさっさと腰を下ろしたガーレルは、溜息を吐いた。
男同士とやらの話をする気満々に座り込んでしまった男に、悪い予感しかしないので、シルドレイルはくるりと踵を返して去ろうとした。
が、そうはさせまいとガーレルに衣の裾を掴まれてしまった。
「待てよ、なんだ、その態度はーーー。話があるから、おれはここに座っているって事ぐらいわかるだろ!」
「ああ、わかったから帰ろうとしているんだ」
「酷えな、おれとおまえの仲だろ!?」
「おまえとおれの仲なら、これが正しい反応だろうが」
「・・・つれねえ、冷たいぞ。向こうが女同士の話をするって言うんだ、おれたちも男同士の話をしようぜ・・・」
ガーレルはがっちり握って放さない。あまり引くと、ガーレルを引き剥がす前に布地を破かれそうだった。
苛立つシルドレイルも溜息を吐いたが、そのあと気を取り直して口を開いた。
「天恵のあの娘、おまえの肉の効果が出てきたのか、少し覇気が出てきたな」
「えっ、あ、おまえもそう思うよな?」
ころっと表情を変えたガーレルが楽しそうに応じた。
「目に見える大きな変化はまだあまりないが、やっぱり方法的におれの策は間違っていないってことだよな。続けて、肉を付けて太ってゆけば、成長が始まるんじゃないかと思っているんだ。もっとかっしりと大きくなってくれれば、うっかりと潰すんじゃないかという心配が減るし、いいことずくめだ」
饒舌に語るガーレルを、シルドレイルが静かに見下ろしていた。
「ーーーおれもあの娘が気に入った。譲れ」
「はっ、いきなり・・・なんだよ、おまえまで・・・」
ヴァルネライラが言いだして、焦ったばかりだというのに。
「稀有な娘だ。興味深いのは当然だ。おまえにはこれまで散々迷惑を掛けられている。迷惑料として、ここに置いておけ」
「おいっ・・・まったく笑えない、巫山戯るな・・・冗談だと言え。そうしたら許してやる・・・」
「おまえに許しを請う必要などあるのか?」
冷ややかなシルドレイルを、ガーレルは激しい目で睨めつけた。
ガーレルの視線を真っ向から受けて立つシルドレイルに、ガーレルはゆっくり腰を浮かして立ち上がろうとしたが、途中で力が抜けて再び沈むことになる。
「ーーー冗談だ。おまえの言う男同士の話など、こんなものだろうが」
美麗な貌をこれ以上もないほど不機嫌に歪めて言い放ったシルドレイルにガーレルは安心したが、思わず本気になって無意味な緊張を強いられた分、からかわれたのだと知って大きな不満が残った。
「・・・いや、それは少し違わないか・・・おれが話したいのはそんな話じゃないぞ・・・」
「なら、いったい、どんな話がしたいんだ」
「・・・だからさ・・・」
ガーレルは言い淀んでいたが、シルドレイルだって聞かなくてもだいたいのところはわかっている。
ヴァルネライラと一緒に戻って、ガーレルが女たちと揉めているのを見た。
総攻撃に遭って困っている様子に、これは面白いと見ていたが、少々度が過ぎてしまって憂鬱になったので場を離れたのだ。
闇竜の暴走話は笑えなかった。
ガーレルが闇の竜の終末期に陥って、狂った挙げ句、気に入っているアドリィを殺してしまうという話だけでも十分不快になったが、シルドレイルにとってそれだけに終わらない。
そんなことになったら次は自分が動かなくてはならない。ガーレルを葬る役目を果たすためにだ。
若気の至りと悪さをした罰として長老に押しつけられた役目は、あんなことをしなければよかったと心から悔やむものだった。
取りかえしの利かないほど重くて、面倒な役割を、自分は体良く押しつけられてしまったのだと感じている。
竜として、暴走した黒竜王ーーー闇竜を放置することは出来ない。
同族として、それが最低限の責務であり、憐情であり、敬意だと感じているが、出来ることなら他の者でやって欲しかった。
交流のない竜が葬ればいいではないかと思うのだ。自分にやらせるというならば、やりやすい様、それまでの間にこんな風に顔を付き合わせて馴らさないで欲しかった。
それを含めて全部が罰だと言うなら、なんて馬鹿なことをやってしまったのだと一層後悔は深まるだけだ。
「・・・聞いているか・・・?」
「いや、聞いていない」
考えに没頭していたので、ガーレルの話は聞き流していた。
「おいっ!」
20161002

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