第五章

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天恵が生まれて役目を果たして、仲間の一部となるの過程は孵化したばかりの子竜たちに自我が芽生える前に完了される。だから竜たちに、自分の生のために仲間を食べたいという思想があるわけではないのだ。
むしろ食べない。天恵という存在を知識として知っているから無意識に避けているのかもしれない。
でもそんな禁忌を、ガーレルは打ち捨てているのだ。
再生能力があるとは言え、自分の身体を切り取って、街で買った燻製肉と偽ってアドリィに食べさせている。
ガーレルの血の味を知っているアドリィは、燻製肉にガーレルを感じて、真相に気付いていたけどガーレルを拒否したり、説得する自信がないから食肉はずるずると続いていた。
これは自分のためにガーレルが考えてくれた最大級の優しさだと感じていたけど、あまり嬉しくはなかった。ガーレルを食べたくなかった。
自分が、黒竜王の肉を食べるなんてことは自然に反していて、ひどく間違っているとも思っていた。
だから早く終わって欲しいと祈っていた。ガーレルが用意することに飽きるか、もしくはこんなことをしても無駄なんだと諦めてくれるのを待っていた。
アドリィは、自分などいくら黒竜王のガーレルを食べても無駄だとずっと思っていた。
「ヴァルネライラさまは、わたしがガーレルの肉を食べていることをどう思っていらっしゃいますか?・・・」
改まった質問に首を傾げると、
「大変ね、と思っているわ。さっきも言ったけど、同情してる。でもあいつを説得してと言うのは無理よ?」
「・・・そうではなくて・・・わたしは天恵という役目を与えられて、成長をやめた・・・」
「そうね、ずっと小さいままでいるのよね。でも本当にそれだけかしら。あなたはずいぶんと長い時間を生きてきたなか、環境にも恵まれなかったから痩せている。でもあなたの体内の時間は完全に止まっていたわけではない。成長しているわよ、だから子供にはない角が伸びてきているし、卵の卵だってーーー。そう思わない?」
答えられないアドリィにヴァルネライラは背筋を正すと少し厳しい声になって言った。
「意志は力を呼ぶ。望むなら、信じなさい。精一杯信じなさい。不安なら、黒竜王・ガーレルヴァルグの判断を信じてもいい!」
固まっているアドリィに声が和らいでいた。
「あなたは天恵だったわ。でも今のあなたはもう天恵ではないと思ってもいいはず。なぜって、天恵の子にはありえない、長い長い時間を生き伸びているんですから。だから、怯えずに生きてみなさいな、あなただけの運命を、胸を張って!」
それはまさにアドリィがずっと抱えていた疑問だった。
誰かに意見を聞いてみたかったけど言えなかった。助けられていながら、自分は生きていてもいいのだろうかとは、ガーレルに聞けなかったのだ。
「わたしはっ・・・わたしは、胸を張って生きてもいいのですかっ!?」
「なにを・・・」
ヴァルネライラが驚いていると感じたが、もう押さえられなかった。
どんなものでもいいから答えが欲しかったのだ、自分以外の意見を。
それがこの美しい紅竜王の考えなら素直に従うことができると思った。
それで、恥ずかしいと言われたら、すみやかに消えて無くなろうとーーー。
「教えてくださいっ、わたしは、与えられた役目をまっとうせずに生きていますっ・・・わたしは天恵だから天恵としてちゃんと食べられなくてはいけなかったのにっーーーわたしは生きてしまっているっ!」
「もう、あなたったら・・・」
ヴァルネライラのしなやかな両腕がアドリィを抱きしめる。
人間の女性の豊かな胸の感触と鼓動を感じた。そしてもう一つの強い鼓動がアドリィの体に響き渡った。
「そんなことをずっと考えてきたの、この小さく可愛らしい頭の中で・・・お馬鹿さんね・・・いいに決まっているわ。与えられるはずの運命をあなたは跳ね除けて生きているのよ、称賛こそすれ責める者などいやしない。不安なら、蒼竜さまにも尋ねてごらんなさい、蒼竜さまの彼女たちにも。ーーーそうね、もしも非難する者に出会ったら、わたくしに言いなさい、そんなさもしい輩は成敗してあげるから」
ぽろぽろと涙が溢れて落ちる。
「わたしは・・・生きていてもいい・・・」
泣いてばかりなのに、まだ涙は尽きていなかった。
「生きていることを、許されている・・・」
「当たり前じゃない。許されないのは不遜な人間ぐらいね。あいつらは嫌い。滅びればいいのにと思っているのに、増える一方。世の中はそんなものよ。だから、あなたはもっと力を抜いて、小さくて不利益なところは否めないのだから、そこは賢く利用できるものは利用して。ほら、打って付けに、力が有り余っていて暇そうな男がいるでしょ?」
「・・・でも・・・」
「闇竜はお嫌い?当然よね、なら、もうあいつはやめて、わたくしにしなさいな。わたくしと一緒に暮らしましょう!」
「えっ・・・」
「馬鹿だし、鈍いし、勝手だし、闇竜だし、いいところは大きく頑丈なところだけのような男よ?」
「・・・そんなこと、ないです・・・ガーレルは優しくて、怖いところもあるけど、闇竜でもガーレルだから・・・わたしはぜんぜん平気」
しどろもどろになりながら説明するアドリィに、ヴァルネライラは噴き出していた。
「ごちそうさま。本当に、あの男が好きなのね」
するりと答えていた。
「はい、好きです。大好きです」
それから、気になっていることを直接確かめる。
「ヴァルネライラさまは・・・わたしがガーレルを好きなことはご不快ではないのですか?・・・」
「不快よ」
断言したが、それからふふふっと笑って、
「あの男より、絶対にわたくしの方が良いのに、あなたはわたくしを選ばないんだから」
「・・・」
アドリィは困ってしまうが、ヴァルネライラは穏やかな笑顔で言った。
「仕方がないわねえ、恋しているうちは・・・。あなたも初恋よね?思いが冷めるまで気長に待っているわ。すぐかもしれないけど、あの男に飽きて嫌になったら、わたくしの名を呼んで。いつでも迎えにゆくから。女同士で気楽に生きるのも楽しいわよ」
20160929

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