第五章

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「・・・女同士?・・・」
「あら、何か言いたげね。なあに、彼女が女ではなく子供とでも言いたいのかしら?」
「巫山戯るなっ、女の枠からはみ出しそうなのはおまえの方だろ」
「言っている意味がよくわからなくてよ。散々、独り身で寂しいあなたの相手をしてあげたのが他でもないわたくしなのに。わたくしは女以外の何ものでもないということを一番知っているのはあなたなのにーーー」
「おいっ、下世話な話をするなっ」
怒りを通り過ぎて青ざめるガーレルに、
「あなたが大人しく行かないからでしょ?」
「おれが去ったあと、おまえがその話を続けないと言う補償はないだろうが!」
「あるわよ。女同士の会話の中で、男の悪口ばかりを言う女は嫌われる女よ。わたくしを見くびらないで欲しいわね!」
ガーレルは口論は苦手のようだった。
腕を組んで豊かな胸を聳やかして威嚇するヴァルネライラに、ガーレルは不承不承「アドリィを苛めるなよ」と釘を刺して立ち去っていった。
ガーレルの後ろ姿を木立の陰に見えなくなるまで見送ったアドリィは、ガーレルが消えてしまったあと、我に返ってはっとした。
ヴァルネライラと二人になっていた。
緊張が走っていた。ガーレルに深い関係がある、元紅竜王、炎竜のヴァルネライラだ。
王の代替わりがはじまっているとは言え、ヴァルネライラの周りにはまだまだ多くの火霊が付き従っていた。紅い鱗の美しい、大きな竜の姿をアドリィの竜の目は陽炎のように見ることができた。
圧倒感に飲まれそうになる。
「あの、わたしにお話というのは・・・」
「ええ、それはね・・・見るに堪えないあの男を追い払うためってことが第一だったのだけど・・・あなた、もしかして怒っているのかしら?駄目男を甘やかせるのが好きなタイプだったら・・・悪いことをしちゃったわね・・・」
ヴァルネライラは済まなそうに表情を曇らせていた。
「そんなことないですっ、普段のガーレルの方が好きだからーーー」
素直に言ってしまったあと、アドリィの白い頬は真っ赤になっている。
「あなた、本当に可愛いわ。それに賢い。さっきのに二者選択の答え、とっても良かったわ。単純なあいつったら鼻の下伸ばしてデレデレになってたわよ」
アドリィはさらに赤くなってドギマキして俯いてしまった。
そんなアドリィの様子を楽しげに眺めたあと、ヴァルネライラは言った。
「折角の女同士・・・こんな話はどうかしら・・・」
真面目な声に変わっていたので、アドリィは顔を上げて見上げた。
すると、ヴァルネライラはアドリィの前で膝を折っていた。
ヴァルネライラの視線が下がって今までになく近くなった。
「不躾なのだけど、お腹に触ってもいいかしら?」
「お腹?」
「痛いことやひどいことをするつもりはないわ。衣服の上から触るだけだから、心配しないで」
だったら拒絶する理由は見つからないので、すぐに頷いていた。
すぐにヴァルネライラの細く長い指が伸びてきて、アドリィの体を優しく撫でた。脇腹を両側、何度も撫でてから離れていった。
「・・・あの、それは・・・」
ヴァルネライラはアドリィににっこりと微笑んで見せた。
「あなたたちみんなで卵の話で盛り上がっていたから、少し気になったの。あなたは、まだ卵を産んだことはないのよね?」
「・・・はい・・・」
アドリィの声は消え入りそうに小さくなっていた。
でもヴァルネライラの話はアドリィにお構いなく続く。
「天恵のあなたはとても小さな竜。でも、子供とは言えない時間を生きてきている。だから、体は小さくてもあなたは子竜ではない。生えかけた角がその証拠と言っていいはずよね。あなたは小さくても、年頃の女の子だってこと。だったら角と、もう一つの変化が始まっていてもおかしくはないはずと思ったの。だから探らせてもらったの、あなたの卵巣をーーー」
「・・・卵巣?・・・わたしは卵を産んだことは・・・」
「それは聞いたわ。産むまでには至っていない、でもあなたの体の中には、卵の元は確かに生まれているわ」
「・・・」
予想もしていない内容に頭がくらくらしていた。
信じられない話だった。
「なんて顔をするの、嘘ではないわよ。卵の卵ね。でもこれがあるなら、あなただって卵を産む可能性はあるはずよ。ーーーこら、ちゃんと呼吸しなさい、倒れちゃうわよ・・・」
「・・・わたしも・・・」
アドリィの声は震えた。全身ががたがたと震えていた。
卵を産むなど自分には無理とすっかり諦めていたことだったのだ。
「待って。卵の卵はあるわ。でも今のあなたの体では卵は育つことはない。育ってしまったら、小さなあなたの命を削ってしまうから。だから今すぐには無理だけど、でも諦めていることもないわね」
うふふふっとヴァルネライラは笑っていた。
「望むなら、たくさん食べなさい。栄養を取って成長することが大切。・・・聞いたわよ。なんでもあの男が、あなたのために特別な肉を用意しているらしいじゃないの」
この件にはアドリィの頬は強張ってしまっていたが、アドリィが必死になって言い訳をする必要はなかった。
「バレてないと思っているのはあいつだけで、あなたも本当はわかっているんでしょ、何を食べさせられているか・・・」
炎のように躍るヴァルネライラの瞳はときどき金色に見えた。
ガーレルが混ざり毛のない黄金なら、ヴァルネライラの瞳は朱金だった。力強く華やかな瞳を見つめながら、こっくりと頷いた。
すると顔を顰めて、
「聞いて驚いたわ。良いと思ってやっているんだろうけど、竜の中でもあいつの肉だなんて、なにか嫌よねえ・・・けど言いだしたら聞かないだろうし・・・同情するわ。でも毒になってないなら我慢して続けてみるのもいいのかも。一応、理屈は間違ってないと思うから・・・」
栄養価の高い最高の食べ物をアドリィに食べさせようというガーレルの発想は、育ちの悪い弱い子が、天恵という特別な呼び名を与えられて兄弟たちの糧になる事に基づいているのは明らかだった。
竜という地上最強の存在の貴い血肉は、他の種族ではなく同族の命の糧にこそなるべきーーーというシステムは理に適っていると受け入れていても、弱っている仲間がいるから、亡骸があるからさあ食べようという共食いがまかり通っているわけではない。
20160925

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