第五章

3
それがこんな事態に発展してしまうなんて。
こんなことで、アドリィを苦しめていたことだってガーレルにとって、まったくの想定外だった。
アドリィと、どうやって話そうかと悩んでいた。
いろいろ想像が付かないから、中身は掛け離れているけど一応性別だけは共通する女たちに意見を聞くつもりだったけど、結局、聞けずじまいになってしまった。
それに、ガーレルの中には、キリングに言われたことがわだかまっている。
言われて一瞬、ひどく腹が立ったが、あの女の意見は正しいと感じていた。
子は喰い殺したくないからと拒否しながら、アドリィは欲しいという矛盾。
アドリィには居て欲しい。共にいたいと感じるのだ。正気を保っている間だけでもいいから。
それがガーレルの心に芽生えた未来への淡い夢だった。
味わったことのない甘さと優しい希望、考えるだけで心が満たされる未来図。
でもすっかり舞い上がってしまったことに気が付いた。
正気を失った次の瞬間、自分は殺すかもしれないのに。
それはすべて自分勝手な欲望に過ぎないのだともキリングに教えられた。
自分がアドリィを喰い殺すーーー。
その可能性がとても大きいことが、ガーレルを打ちのめす。
それでも、今、ガーレルが望むことはアドリィに会うことだった。悲しませてしまったのなら、憂いを取り除かなければならない。一刻も早く苦しみから解放させたい。
正直、どんな風に何を話しあえばいいのかガーレルにはよくわからなかった。
ヴァルネライラの言う通り、初恋なのだ。そして自分は闇竜で、アドリィは小さく可憐な天恵の娘。
おれは己の立場を省みず、馬鹿な夢を見たのかもしれない・・・。
それは尊大で横暴な黒竜王の弱音だった。



すぐに森の中に開けた小さな草地にアドリィの姿を見つけた。
「アドリィ・・・」
ガーレルはできる限りの穏やかな表情でそっと声を掛ける。
花畑に座って、独りしゃべりをしていたアドリィが、精霊たちと話しているのだと気が付いた。
ガーレルには闇霊以外の声は聞こえなかったが、アドリィが会話を楽しんでいることはわかった。
だから話が終わるまでしばらく待つつもりだったが、アドリィがいきなりガーレルを振り返ったのだ。後ろに黒竜がいることを精霊に聞いたのだろう。
それまでの様子とは打って変わって、表情を強張らせて立ち上がったアドリィに、ガーレルは慌てていたが、焦るだけで上手く言葉が出なかった。
だから、双方が何も言えずただ見つめ合った。
苦笑を浮かべたガーレルが切り出していた。
「アドリィ・・・さっきは、悪かったな。シルドレイルの女たちから、おれはきみを苦しめたのだと聞いた。あれはもう忘れてくれていい」
傷付けた傷口をそれ以上大きくしないようにと、努めて何でもないことのように紡がれたガーレルの言葉に、アドリィはとても驚いていた。
「どうして・・・ガーレルは、わたしのことを嫌いになったの・・・?」
「いや・・・そういうわけじゃ・・・」
アドリィの虹色の瞳から雫が流れ落ちる。
「やっぱり・・・気の迷いだったよね・・・あんなこと・・・」
アドリィは笑顔を浮かべようとしていた。
「・・・うん、わたしも、そうだと思っていたよ・・・。ガーレルは悪くないよ、わたしも今、聞いて、なんだかとてもほっとした・・・」
ほっとしたという気持ちは嘘ではなかったのに、アドリィの両眼からぽとぽとと涙がこぼれてとまらなくなっていた。
言われて散々泣いたのに、取り消されて、また溢れた。
目茶苦茶で、おかしい。これで元通りになって、困ったことはなくなったというのに、さっきよりずっと悲しくて苦しくなっていた。
ガーレルの顔を見つめていられなくて、地面にぺたんと落ちて、突っ伏していた。
目の前で、自分の発言の所為でアドリィが泣き出してしまった光景を目の当たりにしたガーレルの衝撃は大きく、凍り付いていたが、息を吹き返すと慌ててアドリィの元に駆け寄った。
跪いて、小さな体を抱きかかえる。
それでもアドリィの涙がとまらないのだと知ると、しばらくおろおろしていたが、ガーレルも腹を決めた。地面に腰を下ろすと胸に抱くアドリィの薄い背中を優しく撫でていた。
少しでも楽に泣けるようにーーー今は、そんなことぐらいしかガーレルには思い付かなかった。
「アドリィ・・・おれはきみになんて言えばいい、どうすればきみの涙がとまるのか、教えてくれ」
ガーレルらしくない沈んだ声だった。
辛そうな声で言われて、アドリィは自分の罪深さを感じた。
でも、自分でも自分の気持ちが手に負えなくなっていた。
わからないのだ。
ガーレルに言って欲しい言葉なんてたぶん、なにもない。
どうしたらこの涙がとまるかーーーきっと涸れたらとまると思った。それ以外に、方法なんてないと思った。
「アドリィ・・・頼む、泣きやんでくれ・・・おれも泣きそうだよ・・・」
ガーレルはアドリィの体を腕の中に少々強めに抱きしめていた。
下手に力を込めたら簡単に壊れてしまいそうな儚い少女???いや、ガーレルの愛しい小さな娘。
ガーレルが見つけた、ガーレルの掛け替えのない宝。
これが、恋とか愛とかいう理屈に反する気持ちなのだと知った。
独り占めにしたい。傷付けたくない。
笑っていて欲しい。自分を好きになって欲しい。
自分だけを見つめていて欲しい。誰にも渡したくないーーー。
心を占めるその気持ちは、噂で聞いていたものより貪欲で醜い感情だなと感じていた。
でもそれは、自分が闇竜だからなのだろうかと疑問になった。
「アドリィ・・・一つだけ、聞いて欲しいんだ。・・・おれは闇の精霊と契約する竜だから、子を欲しいと思ったことはこれまでだって本当に一度もない・・・」
自嘲的な響きを感じて、アドリィは顔を上げていた。
嗚咽に震えながら、ガーレルの表情を見る。
20160918

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