第五章

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「・・・こんなことで嫌われるものなのか?・・・それは非常に困るぞ・・・」
真剣な顔で悩みだしたのもつかの間、ガーレルは女たちに視線を戻すと口を開いた。
「・・・謝ればいいのか?・・・で、おれが言ったことを撤回するのか????いやいやいや、撤回する気はないぞ。アドリィは、おれが見つけた、おれのものだ。誰にも渡すつもりはないんだっ」
不満そうになったガーレルに、顔を顰めたキリングが、
「どうぞ、好きなだけ嫌われてくださいませ」
すかさず言い放った。
「だから、それは困るのだと言っているだろ!」
むっとしたガーレルが声を荒げていたが、自分たちが悪いと思っていない女たちは怯まない。たとえ相手が竜王だとしても。
情けなく動揺するだけで対案が出ないガーレルに、溜息を一つ。
助け船を出さないとまるで駄目と見かねたネーザリンネが静かな声で言った。
「???黒竜さまは、ご自身の言いたいことだけをアドリィに話した。そのとき、アドリィの気持ちをお聞きになりたいと思わなかったのかしら?」
「それは・・・」
答える暇もなく続けられた。
「聞きたいとは思ったけど、期待とは違うことを言われても嫌だった。だから、ほとんど聞いていないのでは?・・・だからアドリィは悲しみに包まれたことも知らなくて、さっさと立ち去ったのよね」
まったくその通りなのでガーレルが頷くと、さらに続いた。
とても丁寧な口調が馬鹿にされているようで癇に触ったが、事はアドリィに関することで、自分の対応にもあまり自信がないので大人しく聞くしかなかった。
「いい、黒竜さまはね、アドリィとちゃんと向き合って話をすることが必要なの。アドリィの泣いた理由だって、今は結構、気になっていらっしゃるでしょ?」
「ああ。けど・・・なんて言えば・・・卵は産まなくていいとでも言えばいいのか?」
これだからデリカシーのない男はと、ぎっと眉根を寄せたネーザリンネの代わりに、ディーメネイアとキリングだ。
「信じられない・・・」
「って言うか、はっきり言って最低。こういう男はやめた方がいいって典型???恵まれた立場に浸って威張ってるだけの、中身すっからかん」
「おいっ!」
「そんなこと言われて、はいそうですかと納得すると思っているのっ!?」
腹を立てたが、すぐさまキリングに数倍の勢いで言い返されてしまう。完全にガーレルの想定外、手に負えない展開に陥っていた。
ガーレルにとって、それはアドリィを慰めるための台詞ではないのだ。これまで誰にも語ったことのない本心だった。
「・・・子を欲しいと思ったことはない。アドリィにではない、おれはおれの子を欲しいとは思わないぞ・・・」
「はあ?」
「おれの子なら、闇に選ばれる可能性が普通より高くなる・・・それに近くにいたら、正気を失ったおれが喰い殺すかもしれないだろ・・・」
溜息を吐きだすようなガーレルに女たちが固まっていた。
「冗談!・・・そんなの詭弁ね、だったらーーー」
一瞬言い淀んだキリングは、ただ言い負かされることを良しとしなかったのだ。
闇の黒竜の口から、破滅を約束される未来に対する思いを聞いてしまって動揺して、焦った。
黒竜王は、馬鹿だ、最低だと罵って楽しむことのできる相手として嫌いじゃなかったから、真面目な苦悩などいらなかった。言い訳と、否定してしまいたかったのだ。
気付いた二人の女たちもとめようとしたが、間に合わなかった。
「アドリィなら喰い殺してもいいってことを言っているのかしらっ!?」
言ってしまってから、キリングも後悔した。心から反省した。
激怒した反撃が返ってくれば少しはましだっただろうけど、ガーレルは沈黙した。
だから女たちも言葉を失ってしまった。
ガーレルの先の発言通りだった。
謝ればいいのか?
なんて言えばいいのか・・・。
間違ったことではなかったけど、言うべきではなかったことだった。
全員が無言の居たたまれない空気を救ったのは、紅竜のヴァルネライラだった。
鈴を転がすようなしっとり美しい声が、重い空気を割って穏やかに響いた。
「そんなに苛めないでやって。鈍くて馬鹿なところがあることは否定しないけれど、ガーレルヴェルクのあれは、詭弁ではないと思うわよ。だからこの男はずっと深い関係にならない、卵を欲しくない、伴侶を望まないような、わたくしのような相手ばかりを選んでいたの。けどね、見つけてしまったの。ガーレルヴェルクはこれまでの生き方を覆すような、素敵な相手に出会ってしまった。初恋よ」
「ヴァルネラ、恥ずかしい物言いをやめろっ」
鼻に皺を寄せて言ったが、無視された。
「図体も態度も大きい男だけど、これはガーレルの初恋、初めての恋。だからもう少し優しくしてやって。じゃないと、落ち込んで泣いちゃうわよ?」
「・・・ヴァルネライラ、いい加減にしろよ・・・」
ガーレルは心底嫌そうにヴァルネライラを睨んだが、ヴァルネライラは悪びれもなく逆に豊かな胸を聳えさせる。
「早くアドリィのところに行きたいのに、とっ捕まってしまっていけないあなたの代わりに彼女たちへの説明を引き受けてあげてるんでしょ。感謝しなさい!それに言うべき言葉ぐらい自分で見つけなさいな、さあ行ってーーー」
掌をひらひらさせたヴァルネライラに、ガーレルはぱっと笑顔になって、
「そういうことなら、感謝だ!」
飛び出していった。



ガーレルにとって、ヴァルネライラが言った通り、紛れもない初恋だった。
闇竜である自分は他者と深い関係を結びたいとは思わなかった。
けれど繁殖期は毎年のようにやってくる。生き物としての本能の欲望に体が支配される時期だった。
その時は同じように、欲望をやり過ごしたいだけでそれ以上を望まない相手と過ごした。
生きている限り、そうやって生きてゆく。狂って死ぬまでだ。
伴侶だけではない、まして子なんて、一切欲しいと思ったことはなかった。
闇竜の卵を、進んで子を生みたいという物好きがいるとも思わなかった。
だから、アドリィには自分を好いて、側に居てくれるだけでいい。他の男ではなく、自分の元に居てくれることを望んで告白したのだ。
20160915

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