第五章

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ガーレルは、想定外の事態に直面してたじろいでいた。
二竜王、蒼竜のシルドレイルと紅竜のヴァルネライラと並んで、森の入り口に餌を見つけた蟻のようにわらわら集まった人間の様子を見ていたが、飽きた。だから戻ってきた。
そもそもそんなことをしていても、つまらないし、意味もない。
退治するために先制攻撃を仕掛けるのなら、力を貸すことに異論はなく、進んで引き受けて暴れてもいいと思っていたが、シルドレイルがそのつもりはないと言う。
ガーレルとしては温くて不満だったが、この森はシルドレイルの領地などであまり強くは口出しができなかった。
それに、一度一掃しても、それを理由にしてハンターはさらにどんどん湧いてくると言うシルドレイルの意見も一理あると思ったし、躍起になって攻撃に出なくても、たとえ帝国中の人間がやってこようと、シルドレイルやヴァルネライラなら問題ないだろう。
ガーレルだって同じで、湧いて押し寄せた人間をとことん殲滅する自信は十二分にある。
人間の傍若無人ぶりには日頃から仲間たちが煮え湯を飲まされているから、こちらもこれを機にして、王都を襲撃してみるのも面白いかもと空想は大きく膨らんだが、ガーレルにだって自制心はあった。
それを実際やってしまうと、長老にまたどんなことを言われるか・・・。
ねちねち長老に文句を言われた上に、監視役になっているので連帯責任を負わされるだろうシルドレイルにさらにがみがみ言われるのは非常に煩わしいので、やはり放置が一番だと納得した。
対策が決まったならば、それ以上シルドレイルとヴァルネライラとがん首を並べて人間を眺めている理由はない。アドリィと一緒にいた方が、うんと楽しくてよい時間の使い方だと感じて引き返してきたのだがーーー。
ガーレルの前に、竜の女たちが立ちはだかった。
シルドレイルの伴侶になることを願っている、ネーザリンネ、ディーメネイア、キリングだ。
三頭束になって襲われても、やはり負けるとは少しも思わなかったが、これは少々勝手が違う。
ガーレルがかなり苦手だと感じる同族の女たちに険しい顔付きをされ、訳のわからない敵意たっぷりに睨め付けられてしまうと、さすがの黒竜王も少々怯んだ。
「なんだっ!?」
「なんだとおっしゃいますが、心当たりぐらいおありですよね?」
無かった。思い当たらない。
笑顔を浮かべていたが、慇懃無礼な言葉を操るネーザリンネが口火を切ると、少し柔らかい性格のはずのディーメネイアがきっぱりと言った。
「女の子を泣かせる男は最低です!」
「あれだけアドリィを泣かせたって言うのに、馬鹿竜王さまは、普通に会うつもりなわけ?信じられない!」
「は?」
キリングに、馬鹿王などと無礼なことを言われたガーレルだったが、心に残ったのはこの一点だった。
「アドリィが泣いていた?なぜだ・・・」
「なぜって、黒竜王さまはそんなこともわからないとか、本当に馬鹿竜王さまなわけ????最低・・・」
これにはネーザリンネが少々慌てて割って入り、キリングの代わりに説明した。
「黒竜王さまはアドリィにおっしゃったのですよね。自分の卵を産んで欲しいとーー−」
「なっ、そんなこと言っちゃいないっ!」
ガーレルは愕然として、激しく否定した。
「おれはそんなことを言ってはいないぞ、おれが言ったのはアドリィにおれを好きになって欲しいとーーー」
「雌性竜としてーーーと、おっしゃったのですよね。それは、卵を産んで欲しいということですよね?」
「いいや、ぜんぜん違うだろっ、そもそもアドリィにそんなことは無理だろっ」
「無理かどうかなんて、私にはわかりません」
「誰にもわからないことだわ。未来なんて、特に天恵なのにこうして生き延びているアドリィの未来なんて、想像がつかないから、もしかしたら・・・」
ディーメネイアは優しい笑みを浮かべてアドリィの未来を思い浮かべた。
「誰にもわからない。でも、アドリィ自身も馬鹿竜さまと同じで無理だと思っているの。だけど、アドリィは卵を産めって言われたと感じたーーー。わかる?竜王さまに言われるって、強要されると一緒よね、助けてもらって凄く感謝している竜王さまに無理っことを言われてしまったアドリィの気持ちーーー」
キリングはそこで一旦言葉を切ったが、竜王がそれ以外の気持ちを推し量るなど簡単なわけはない。
しかもガーレルに繊細な女心の機微を求めるのが間違いだったが、キリングも気が立っていた。
煮え切らない態度を続けるガーレルに対しふつふつと怒りが沸いて、言わずにいられなかった。
「黒竜さまって本気でそんなに鈍いわけ?アドリィはあんなに慕っているのに、本当に気付いていないわけ?あの子にとって、黒竜さまにこそ一番言われたくない言葉でしょうが、好きな相手に言われたら一番傷付くよっ!」
一気に捲したてたキリングに、ガーレルはーーー。
「・・・アドリィがおれを好き・・・?」
「え、いま、そこっ!?」
驚いたあと照れくさそうな笑顔になったガーレルに、女たちは唖然としたが、いち早く立ち直ったキリングの口の端が裂けてめりめりと牙が伸びてゆく。
竜王相手に、怒りに任せて竜化しようとした仲間を、少しだけ冷静なネーザリンネとディーメネイアは必死に宥めながら言った。
「惚けた顔をなさらないでっ、そんな状況じゃないのよ!」
「アドリィは苦しんでいるの、泣いているのよ!!」
「・・・それは、おれとしても本意ではないが・・・」
キリングが指摘した通り、ガーレルは他者にたいして尊大に、大雑把に生きてきた竜王そのものらしくとても鈍感だった。
だから思わないところで明かされたアドリィの気持ちが嬉しくて堪らなくて、ついつい頬の力が抜けるのがとめられないのだ。
でも鋭い刃が一本投げつけられてしまった。
「もうこのまま嫌われてしまえっ!」
変化を思い留まったキリングの言葉が、的確に弱いところを抉って、ガーレルを現実に引き戻した。
ガーレルの表情は一変して険しくなっていた。
でもそれは怒りではなく、はじめて事態の重大さを把握したことによる緊迫感だった。
20160911

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