第四章

16
それはーーー。
男の大切な大切な宝物だった。
そんな相手に出会えるなんて思ってもみなかった。
まさに、目に入れても痛くない存在は、彼の宝だった。
でもその宝は、一つ問題を抱えていた。
いろいろ手を尽くした。
幾人もの医者に診せ、祈祷師、魔術師の元さえ訪れた。
大枚を叩き、長い予約待ちを末についに会うことの出来た大都の名医は、ろくに診ることもせず実にあっさりと首を横に振った。
「どうしようもない。それが運命だと思って諦めるんだな。不満そうだな、だが他を当たろうが真っ当な医学の心得がある者なら結論は同じだ。金と時間の無駄になるだけだーーー」
やっとのことで辿り着けた名医と噂高い男からもたらされた言葉は、これだったのだ。
諦めろーーー。
諦められるはずがなかった。どうして諦められる!
有り得ない事を宣った医者に、父親は沸き上がった怒りを抑えきれず、殴り倒してしまった。
男はすぐに取り押さえられたが怒りは収まらなかった。
ただやがてやってくる死を待つしかないだなんて、誰が受け入れられるというのだろう!
まだ小さな子供だった。
息子の看病に付きっきりの妻も次第に痩せて、笑顔が消えた。
これから先、自分たち夫婦が死に召された後だって、これまで過ごした何倍もの時間を生きてゆくはずの命なのに、自分より早くこの世を去るのが運命だなんてっーーー。
男が心の底から大切だと感じるものは、まるで砂のように指の間だからさらさらこぼれ落ちてゆき、もうじき、永遠に失われるのだ。
そのときだ。
理不尽に対する憤怒と絶望に身を染める男に、医者は吐き捨てるように言った。殴られた頬を抑えながら憎悪のこもった声で。
「そんなに子が可愛いならーーーそう、竜を、竜を狩るんだな。もしも見事、竜の体をーーー奇跡の力があるとも言われる竜の血肉を手に入れたら、もしかすればその子の病だってたちまち治るやもしれんからな!親なら、やってみろ!」
それは呪いの言葉でもあった。殴られた腹いせに、無謀に竜に立ち向かって殺されてしまえっ!という医者の恨みの意趣返しだった。
しばらくして冷静さを取り戻した医者は、実際、男がそうするとは思いもせず、すぐに不快な出来事の一環として、自分が男に言ったことも忘れた。
そんなことが可能だとは医者は最初からこれっぽっちも思っていなかったのだから。
でも皮肉にも、その投げつけられた無責任な発言が男のその後の人生を変えたのだ。
暴言は、救いとなったのだ。
暗い闇に差し込んだ一筋の光明。彼の、彼ら夫婦の宝を守る方法はまだ在ったのだと!ーーー。
しかし竜に立ち向かい、倒すなど大きな大きな賭だった。男だってわかっている。
でもそこに我が子が助かる可能性があるのなら、自分の命など、とうに失う覚悟は出来ていた。
それは救いであると同時に、ツヴァイの心を雁字搦めに絡め取り逃さない強い死の呪いだった。



20160214

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