第四章

15
「人間ども、蟻のように集まっているわね」
「ガーレルヴェルグが集めてくれたからな。しかも、もう気配を隠そうともしない」
文句を言われたガーレルが言い返す。
「アドリィは消したくても気配を消せないんだ。それにおまえもそれを許したろ」
「おまえを許したつもりはない」
「うわ。ケチめ!アドリィが消していないのなら、おれが消している意味などないだろ」
「おまえの気配はくどい」
「はあ?それはどういう事だ!」
しばらく続いた男二人の巫山戯た掛け合いをきれいに聞き流したあと、ヴァルネライラは赤い唇を不快そうに尖らせて言った。
「どうされるの、シルドレイル。いっそのことこちらから討って出たらいかが。微力ながらわたくしも手伝うわ。森も付近に出来た街や村、すべて廃墟にしたらしばらく大人しくなるんじゃないかしら」
「微力などとは謙遜も過ぎる。また森ごと焼き払われても困るぞ」
「しばらくすれば回復するわよ。ほら、もう戻ってるじゃない」
肩を竦めたヴァルネライラだ。
シルドレイルも、ヴァルネライラとの付き合いは長い。ガーレルのような繁殖期の付き合いはなかったが、力ある者同士、時々長老に呼ばれ話をするし、一緒になって暴れたこともーーーまあ、若気の至りだ。
だから、ヴァルネライラの血気盛んさはよく知っている。人間嫌いなヴァルネライラは冗談ではなく本気で言っているのだ。
ふうっと重い溜息を吐いたシルドレイルが、冷ややかに宣言した。
「このまま放置して置く。こっちから出ると、報復やら敵討ちやら、理由をでっち上げ余計に大挙して押し寄せてくる。森に入り込んでくる者を一匹ずつ潰すのが一番問題が少なくて済む」
「地味ね。つまらないわ・・・。でもここは、あなたの領土。わたくしがとやかく言うことではないわね」
話は一区切りを迎えたようで、三竜王は静かにたたずむ。
竜たちはまさに小さな虫を観察する如く、人間たちがごたごた動き回る様子を冷ややかに眺めた。
「ーーーあ。そうそう、ガーレルヴェルグ。わたくし、何度もあなたのお世話をしてあげたわね。そのお礼に、お願いしたいことがあるの」
真ん中に立つヴァルネライラは左側の男、ガーレルに向き直ると笑顔を浮かべた。
「いいもの持っているのね、あなた。乱暴なあなたが壊してしまう前に、天恵のあの子、わたくしに頂戴」
ガーレルが目を剥いた。
ガーレルだけでなく、反対側に立つシルドレイルも目を見開き驚きを隠せない顔でヴァルネライラとガーレルを見る。
「冗談じゃない!」
「気に入ったの。いいでしょ?あなた、何でもすぐに飽きて捨てるか、壊すでしょ。もういいでしょ、あの子はわたくしが引き取るわ」
「飽きないし、捨てない!」
ガーレルは驚きを通り越し、怒りが声に滲んだ。
「誰にも渡さない!」
「誰にもってーーー」
ヴァルネライラを遮ると、ガーレルは捲したてるように公言した。
「彼女にはおれの気持ちを伝えた。おれを求めて欲しいってね。あの娘を手放すつもりはない、彼女をいずれ伴侶に迎えるつもりだ。その上で奪おうと言うなら、おれはいつでも受けて立つぞ!」
「はあ?ーーー」
「なっーーー」
耳を疑い、言葉を奪われたガーレルの宣言だった。紅竜、蒼竜は共に絶句だ。
いち早く立ち直ったヴァルネライラが怖い顔になって詰問する。
「ちょっと。それ、あなた、もちろん冗談を言っているのよね?まさか本気で考えていて、そんなことを、あの子に言ったわけじゃないでしょうね?」
「アドリィは真面目だ。冗談は好かん。彼女は承知したぞ」
機嫌を直し得意げにのろけたガーレルにシルドレイルも声を荒げた。
「おまえが言えば、あんな小さく弱い娘にとって抗えない命令だろうがっ!」
「命令などするつもりはないし、無理強いするつもりもないさ。そもそも彼女を乱暴に扱うことなど出来ない、壊してしまいそうだ」
シルドレイルはのほほんと笑顔で言うガーレルの正気を疑った。
少し前、生かすにはどうした言いだろうかと悩んで纏わり付かれたばかりだった。
そのあとも、めげずにいろいろ画策しているようだが、まだアドリィにそれほど大きな変化はない。
小さく、細く、食もとても細い。生命力も儚い風に揺れる花のような天恵の少女。
歳的には娘と称してもおかしくはないだろうが、成長が止まっていたアドリィは未だ幼い少女にしか見えない。
それを、伴侶に迎えると本人に伝えたのだという。
こちらも驚きを通り越し、怒りに染まった。
「天恵でありながら生き残った稀有な子を、おまえを殺したいのか!」
シルドレイルの怒りには、少々圧倒されたガーレルが、慌てて説明する。
「殺すつもりなどない。殺さないさ!でも気を抜いているうちに、悪い虫が付いてかっ攫われるなんて御免だ。だから、告白した。おれは彼女を誰にも渡すつもりはない。ーーーついでに、おまえのこともちゃんと話した」
ガーレルはヴァルネライラを見て告げた。
「ヴァルネライラとはさばけた仲で、深い付き合いをしているわけではないって。嘘じゃないだろ?ーーー伴侶云々は、今すぐじゃ無理だろうけど、本命はきみなんだって、その気でいて欲しいと伝えたっておかしくはないはずだ!」
当然顔で胸を張ったガーレルは、アドリィがその告白のために酷く苦しんだことを知らない。
ガーレルよりかは幾分繊細に出来ているシルドレイルと、ヴァルネライラは、黒竜にそんな告白をされた天恵の彼女がどんな気分になったか、ある程度想像が出来た。だから二人の表情は硬い。
話はそれきりになった。
誰も口を開かず、そのうちガーレルが、「一人にしているアドリィが心配だ」と独り言を口にしながら離れていった。
残ったシルドレイルとヴァルネライラは、振り返ってガーレルの後ろ姿が見えなくなるまで見送って、体の向きを戻す際に目が合った。
しばらく無言で見つめ合った。言いたいことは山ほどある気がしたが、言葉にならなかった。
だから二人は、同時に大きな溜息を吐いた。



20160214

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