第四章

12
「用ってほどではないのだけどね。あなたは一人でいるだろうから」
「黒竜さまが心配してね」
「ガーレルが?」
首を傾げたアドリィに、キリングがくふふっと笑った。
「あなたのことが心配で心配で、おちおち話もできないんですって、もうね、熱すぎ!」
ガーレルに頼まれて、わざわざ自分の様子を見に来てくれたのだと知ってアドリィの表情が揺れた。
「あの、ガーレルは?」
「竜王様方御三方で何か話し合いをされているわ」
三人のまとめ役であるネーザリンネが説明した。
ガーレルと、シルドレイルとヴァルネライラ。
闇の黒竜王と、水の蒼竜王、火の紅竜王だ。
すぐさま、キリングは突っ込みを忘れなかったが。
「新王様が生まれたようだから、元・紅竜王さまだけどね」
「それで、私たちがあなたのことを捜していたんだけど、あなたったら物陰でさらに縮こまっているって反則よ」
苦笑を浮かべたネーザリンネにはわずかな非難の色があったが、それ以上に包み込むような優しさがアドリィに向けられていた。
「どうかしたの、変な顔をしているわ。黒竜さまと何かあったの?」
「べつになにも・・・」
ネーザリンネはただ笑っていた。
「それが私たちに通じると思っている?」
「そうそう。黒竜さまって聞いたときあなた、顔色変わったわよ!そういうときは、どーんと経験も豊富なお姉さんたちに心を預けて、相談するものよ」
一番怖そうなキリングに言われて困ったけれど、ネーザリンネとディーメネイアも同じ思いなのだということは、アドリィを囲むように腰を下ろした三人の様子に感じた。
相談するようなことなのかよくわからない。
こんなことを相談していいのかも、わからなかった。
でも自分一人では解決策は浮かびそうになかったし、このままではここにいられなくなってしまいそうな気分がしていた。
逃げ出すのだ。ガーレルの顔を見られなくなって。
そんなことしたくない。でもそうせずにはいられない相反する気持ちがもうすでに心の中に生まれているのだから。
「泣かなくていいの!まず喋りなさい!」
怒ったように言ったキリングに、自分の目から雫がこぼれていることに気付いた。
アドリィは驚いて手で目を拭ったが、一度拭っただけでは止まらなかった。
涙腺が壊れたようにぽとぽとと涙が頬を滑って、止めたいのにどうしていいのかわからない。
わからないだらけで、アドリィは噛みしめていた唇を開いた。
「ガーレルに言われたの・・・」
声は少し震えてしまい恥ずかしかったけど、三人とも咎めなかったから、アドリィはゆっくりゆっくり続けた。
「ガーレルの言うことは、全部従うつもりでいた・・・けど、無理なことを言われた・・・」
それは仕方がないことで、もう今更だ。悲しいとは思ってないのに、話しているとさらに涙が溢れていた。
「なんて言われたの?」
ネーザリンネが優しく促した。
とても迷った。ガーレルの名誉に係わることで、本当に話してしまっていいのか心配になったのだ。
「誰にも言わないわよ。ここだけのお話」
「これは女だけの話ね」
「黒竜さまなんかには絶対言わないから、さっさとすべて話しなさい!」
言われてから、ずっと苦しかったのだとアドリィは感じた。
驚いて信じられなくて、とても嬉しかった。息もできないぐらい嬉しかった、一瞬は。
でも、すぐにアドリィは自分を取り戻していた。
だから、そのあとはーーー。
今まで感じたことないぐらいに苦しい。辛い。消えたくなった。
「・・・おれを好きになって、くれってっ、言われた・・・」
嗚咽が混じって上手く喋れない。
「あら」
うふふっとディーメネイアが微笑んだ。
「黒竜さまったら、ついにーーー」
「で、あんたはなんで泣いてんの!?よかったじゃない。鈍すぎて自分の気持ちに気付かない男ってのも腹立たしいものよ」
キリングは顔を歪めて言ったが、キリングにもアドリィの涙の意味はなんとなく理解することができた。
でもそこで留まって嘆き続けていては、未来はない。嘆きの先に歓びを見いだすことも不可能だろう。
「あなたは黒竜さまのこと、大好きでしょ。なら、泣くことないじゃない。紅竜さまがいらっしゃっても一切の心配はなかったのね、私たちの取り越し苦労だったわけで・・・。あなたは紅竜さまよりも勝ったのよ、胸張ってらっしゃいな」
ネーザリンネは明るく励ましたが、アドリィの表情は晴れなかった。
「・・・紅竜さまに勝ることなんて、できない・・・」
暗い声でアドリィは言った。
不思議なそうな顔になった三人ではなく、見つめるのは虚空。アドリィは静かに続けた。涙は止まっていた。
それは理由だった。
ちゃんと自分でわかって、わかって諦めていたはずだったのに、楽しい時間に浮かれて忘れてしまっていたのだ。
自分がどんな存在であるか。
自分が決して、ヴァルネライラの足元にも及ばないこと、勝ることなど夢にもない事実だった。
アドリィには、夢など見ることは許されない確固たる現実だった。
「ガーレルは・・・言ったの。わたしにも好きになって欲しいって・・・」
「それだったらーーー」
困ることないじゃないと続けようとしたキリングをネーザリンネは片手を伸ばして止めた。
「アドリィ、もう少しく教えて」
与えられた言葉を口に出すには時間が掛かったけれど、急かされなくて、何度過呼吸を整えながらようやく決心を付けた。
「・・・好きになって、求めて欲しいって。・・・わたしに、雌性竜としてーーーって・・・」
20160204

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