第四章

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初恋をし、手ごわい相手に身悶えする少年。しかしその脛にはうぶな少年には無いはずの傷が山ほどあるという、実態は性悪竜。
これまでの生き様がガーレルの首をぎりぎり絞めているのだが、今更悔やもうが、後悔は先に立たない。ただ悩ましいだけだ。
「ーーーアドリィ・・・怒っているのか?・・・だんまりだな」
意を決したガーレルに、アドリィは、すぐに、ううんと否定した。
「怒ってない。黙っているのは、ガーレルも。・・・ずっとしゃべらない」
それから、アドリィは小さく付け加えた。
「最初に怒っていたのはガーレル。とても怒って、竜に戻ってやってきた」
「それはーーー」
草の上に、ガーレルが買ったドレスを広げて座るアドリィはまさに可憐に花弁を綻ばせる一輪の花だった。
ガーレルはアドリィの前にどっかりと腰を下ろした。
アドリィの表情は静かだった。
白い無表情だった。うつむき加減で正面に向かい合うガーレルと目を合わせようとしない。
もう隠すことはやめることにした。
それがいいのか、悪いのかよくわからなかったが、変に誤魔化してその所為で別の誤解を招くなど、余計な事態にならないためにはっきりさせてしまうことにした。
「怒ってじゃない。焦ってだ。おれが焦って、慌てて駆け付けたのは、あいつがきみに要らないことを喋らないか心配だったからだ」
考え考え口にしたガーレルだったが、すぐに打ち消した。
「要らないことじゃないな。まあ、本当のことだ。過去に関係があったことは嘘じゃない。でも、それをきみに隠しておきたいと思っていた」
アドリィは、顔を上げガーレルの真剣な言葉に黙って耳を傾けている。
その表情はやはり、感情の色はなくガーレルを不安にさせるが、だからと言ってやめるつもりはなかった。
「だから、慌てた。怒ったというなら、あいつの目だ。あいつがきみを見て、面白そうにするのに腹が立った」
天恵のアドリィを興味津々に見つめる気持ちはわかるが、ヴァルネライラは露骨だった。
ヴァルネライラは大きな宝石の原石や、古い地層から出てきた正体不明の生き物の化石や遺産、はたまた最近では頻度は減っているが、街々の高級な衣装店を竜の姿で襲って人間の女物の衣服をごっそり奪ったりと、気に入った物を巣穴に集める癖があるので危険な相手でもあった。
長い竜の時間に飽いて刺激を欲するのが竜の性質だった。
だから、珍しいものを望み、暴れるときは派手に、もしくは気楽に暇な苦痛を語り合える伴侶を望むのかもしれない。
ガーレルも、アドリィに出会ってから感じるこれまで味わったことのない刺激に夢中だった。ほんの些細なことに喜んで、顔色一つに心を沈ませる。
己はアドリィのためにあるように一喜一憂し、心を占めて離れない。
アドリィに囚われたと言ってもいいぐらいだった。
これ以上刺激を与える物???者などいないだろう。
鉱物や死んで固まって動かない物とは比べものにならない生きた宝石であり、可憐な花、ガーレルヴェルクが見つけた稀有で、美しく可憐なアドリィ。
至上の宝。
「ーーーまあ、おれにはいろいろある」
ガーレルはにっこり、大きめな唇に穏やかな笑みを浮かべた。
「けれど、これからはなるべくきみの意に沿うようにしよう。だからーーー」
ガーレルは両手でアドリィの両頬を覆った。
小さくてすっぽり頬を覆ってしまうと、掌を通してアドリィの体温と鼓動が伝わってきた。
少し早く打つ脈。
それはガーレルも一緒だった。
「おれを好きになって欲しい」
アドリィの体がびくっと震えていた。
「きみはおれのものだ、と言ったね。あれはおれの本心だ。本気だ。誰かにきみを渡すつもりはない。手放すつもりはないんだ。だから、きみにもおれを好きになって欲しい」
一旦、ガーレルは言葉を切って、一呼吸吐いたあと、ゆっくりと言った。
「そして、いずれおれを求めて欲しい、雌性竜としてーーー」
それまでずっと黙った聞いていたアドリィが口を開いた。
喘ぐように何度も呼吸した。
上手く言葉にならなかった。
だから、そのあとくちゃっと顔を崩して、泣きそうな顔になっていた。
「そんなのっーーーそんなの、わたしには絶対、無・・・」
悲鳴のような叫びは最後まで発せられることはなかった。
ガーレルが、唇を合わせると否定の言葉を吸い取っていた。
優しい口づけだった。
掌だけでなく、唇からもガーレルを感じて、ガーレルに包まれたアドリィがしばらくして落ち着きを取り戻したとき、合わさっただけの唇はそっと離れて、
「今すぐには言っていない。いつか、おれはそんな日が来ることを望んでいる。今は、ただ、おれを見て欲しい。きみの特別な相手として。そして、他の奴は無しだ。きみに近づく悪い虫は、おれが蹴散らすってことを、覚えて置いて・・・許して欲しい。おれの我が儘だけど、抑えられそうにないから、諦めてくれ」
いいね、とガーレルは、アドリィの虹色に揺れる瞳を覗き込んで訊いた。
「アドリィ、返事が欲しいな」
すぐには答えられず、しばらく時間が掛かった。ガーレルは黙って待った。
「・・・わかった・・・」
小さく消え入りそうな声には、苦しみが滲み込んでいるのをガーレルも感じた。



「あらん、こんなとこにいた!」
「良かった、やっと見つかった」
ネーザリンネ、ディーメネイアがほっと安心したように言えば、キリングが溜息まじりに
「小さいと、至る所で隠れられるのね。便利でもあるわね〜」
三人の竜の女たちの登場に、アドリィは顔を上げた。
大きな石に背を預けて少しぼんやり、考え事をしていた。隠れていたつもりはなかったけれど、石の陰に入って視界に入らなかったらしいのだ。
本当は、しばらく前から三人が近くを行き来していたことを感じてはいたのだ。その理由は深く考えなかったけど、それはどうやら自分が捜されていたためで、アドリィは申し訳ない気分になっていた。
「ごめんなさい。わたしにご用ですか?」
20160131

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