第四章

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竜たちはわりとさばけている。世界の頂点という種は、飽くほどの長い寿命もそうさせるのか、存在感同様大きく強く、自由で、人間ほど細かなことに拘らない。
ただし、興味を持てそうなものに出会ったときは、全力で愉しもうとする。
だから、いったん物集めを始めた竜のコレクションは膨大な物となる場合が多いのだ。
これはなかなか興味深いことだった。
あの男が。
生き残った天恵の存在だって珍しいのに。
黒竜・ガーレルヴェルクが、その天恵の生き残りの娘に熱を上げているーーー。
「あいつってば、いったいあの子、どうするつもり!?」
「それはやっぱりーーー」
「黒竜さまとしてはきっとーーー」
「人間って、女に服を与えるのは、脱がせるためって聞くじゃない!」
「え、じゃああの子が着ていた趣味のいい服はあの男が用意したってこと?え、えっ。嘘でしょ?・・・いろいろ信じられない、あいつったら、本気なの!?」
少し前には流血沙汰も辞さない剣呑な空気を生み出した女たちだったが、遺恨も残さずきれい仲直りし、話は大いに盛り上がった。
女同士のどぎつさのある会話に圧倒されたシルドレイルは、ヴァルネライラに挨拶をと訪れたが結局、声を掛けず、そっと踵を返した。




アドリィを草の上にそっと座らせて、ガーレルは穏やかな笑顔で言った。
「少し待っていてね。着替えるから」
裸にヴァルネライラの外套一枚を羽織るガーレルだ。
人間化したヴァルネライラは、大柄、長身の女性だったが、人間の男としても見事な体躯なガーレルなので、貸し与えられた女物の外套は肩を覆うぐらいであとはほとんどはちけて、心許ない状況だ。
腕に抱いているアドリィからは見えないことを不幸中のさいわい、またどんな文句を言い出すかしれないシルドレイルには、ばったり出くわさないことを心から願って森を移動し、着替えが置いてある場所まで無事到着した。
一本の大木の幹に飽いた洞に、私物の鞄を突っ込んでいたのだ。
アドリィの背後で急いで着替えたガーレルだったが、どうしたものかと戸惑っていた。
着替えた物も相変わらずの黒い衣服で、すっかり元通りのガーレルに戻っていたが、戻っていないものがある。
アドリィだ。
それまで知らなかった情報を得てしまったアドリィのことが心配になっていた。
自分は何もやましいことはしていないとガーレルは思うのだ。
ヴァルネライラのことだって、本能に従った極、自然なことーーー。
生き物が食料を食うことと同様に、子孫を残す繁殖行動は成体となった個体には避けられない衝動であってーーー。
普通な欲求であり、普通な行動ーーー。
だから、自分は本能に逆らわず、ヴァルネライラだけでなくいろいろな雌性竜たちとーーー。
まあ、相手だけは選んだつもりだ。後腐れない、ガーレルの考えに同意を得られている相手だけだ。
よって、ちっとも、おれは悪くない!
ーーーという結論が、ガーレルの中できれいきっぱりと簡素に導かれているのだが、それをアドリィに向かって口にすることも、また、すべて無かったことのように無視していることも出来そうになかった。
心配だ。
どう思っただろうか。まだ幼く、無垢な面を残すアドリィ。
赤裸々な繁殖期の話を聞かされたら・・・。
もしかして、平気だろうか。
アドリィは幼い少女の姿をしている、成長の乏しい小さな竜だったが、本来であればそろそろ年頃の雌性竜だ。繁殖期も、どこかそわそわする特別な時期だと感じていてもおかしくはない。
・・・でも到底そんなところまで成長していないのは一目瞭然だと、ガーレルはがっくり肩を落とした。
腕に収まるほど小さく、可憐で・・・可愛らしい。
可愛らしくて、誰にも渡したくない。
ヴァルネライラの前で、勢いで口に出してしまった「アドリィはおれのものだ」だった。
でも嘘偽りではない。本心であり、公言してしまったことで逆に絶対なのだと心は決まった。
アドリィは、自分のものだった。他の奴に渡したくない。
渡さない、誰にもだ。
漠然とさせて、深く考えとしていたけれどガーレルの思いははっきりと固まっていた。
我ながら、目茶苦茶だと思った。
さすがに狂える闇竜だと自虐的な笑いが込み上げる。
雌性竜を心の底から欲しいと望む。それは伴侶を求める思いなのだと感じた。
こうやって、強い思いに突き動かせられて竜たちは伴侶を得てきたのだろう。
けれど、自分はーーー。
自分の欲する相手はーーー。
一筋縄ではゆかない問題が山積していた。
いずれ破滅するから伴侶など持たないと斜に構えてきたガーレルだった。
闇竜が伴侶を持ってはいけないという決まりはないのだ。かつて一度、伴侶を得た闇竜がいた。その竜は狂気に呑み込まれて暴走する中、己が求めた相手を喰い殺した。一瞬自分を取り戻した黒竜は、己がしでかした事に歎き苦しみ、すべてを呪いさらに深い闇に落ち、朽ちるまで暴れ続けたという。
それでどれほどの街が壊され、人間が死んだかなど、ガーレルは興味はなかったが、伴侶を喰い殺したと知った黒竜の心を思うとぞっとする。
今、酷く身近に感じてしまうのだ。
でも自分の具体的なそれは、ちょっと置いといて。
アドリィだ。
ガーレルの思う相手であるアドリィの方は果たして、ガーレルをどう思っているか。
ヴァルネライラの存在を知って、少女の潔癖で嫌ってしまったか、姿は幼くとも少女以上の時間を生きてきた娘として・・・娘として、男の不実を怒った、とか・・・?
どっちも困るぞっ!
悩める黒竜は、歳を遡ってまるで思春期の少年である。
20160128

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