第四章

9
煩いからもう一度、竜体に戻るかと考えたとき、
「相変わらず、先のこと、考え無しに動いているのね。こうなることぐらいわかっているでしょうに」
ヴァルネライラが、歩み寄ると自分の身に羽織っていた外套を脱いで、ガーレルの肩に掛けた。
ガーレルの腕の中にはアドリィがいたが、身を縮めるしかない。
とても自然な仕草でガーレルに向き合うヴァルネライラの様子に居たたまれなかった。
お似合いの二人の光景。その間にいるお邪魔なアドリィ。
今すぐここから消えてなくなりたいと願うアドリィの悲痛な気持ちを感じ取ったのか、ああ、助かったと外套に感謝していたガーレルも焦り出す。
ヴァルネライラに、だ。
本来の焦りもこれだったはずだ。
近くに極わずかにヴァルネライラの気配を感じ取ったためにやって来たところ、余計な問題に巻き込まれてしまった。
でも目下の大問題は、このヴァルネライラだった。
ヴァルネライラを、アドリィに会わせたくなかった。
いや、それはもう無理だ。気付いたときには接触している距離だった。
ならなるべく話をさせない。
過去を隠したい男の焦燥感だった。
伴侶を持つつもりがないが、同じく伴侶に縛られることを嫌う相手と自由にその時期限りの繁殖期を過ごした。
他ごとに夢中な時以外は適当に、その時、気の合った相手と本能からくる衝動を発散したが、短くはない年月の中で一番多く過ごした相手はこのヴァルネライラだった。
さっぱりした性格が楽だったし、自分の欲望を満たすだけの体力のある力強い相手としてヴァルネライラは都合の良い相手だと軽く考えてきたツケが、今、ガーレルを襲っている。
「何をしに来たっ」
「あら。ご挨拶ね。自分の男に会いに来るのに理由がいって?」
「誰がおまえの男だ。誤解を招くようなーーー」
「あなた以外に、わたくしの男なんて言える相手はいないわ。なら、あなたはわたしの男でしょ。あなただって、わたくし以上シーズンを共にした相手がいて?いないでしょ。一切、誤解はないわ」
いるべき場所じゃないと強く感じたアドリィが、ガーレルの腕から降りようと藻掻いたが簡単に抜け出せる相手ではない。
「放して、ください・・・黒竜さま・・・わたし、向こうに行ってる」
黒竜さまなどと距離感を持たれて呼ばれたガーレルが目を剥いた。
「いや、待て。アドリィっーーー」
「そうよ。あなた、わたくしと話の途中だったのよ。勝手に去らないで欲しいわ」
「話などせんでいい!」
「そんなのわたくしの自由でしょ。あなたにとやかく言われる筋合いなどないわ。それともわたくしが話をして何か困ることがあなたにはあって?」
大ありだったが、この会話すべてがわざとで、アドリィに聞かせるためにされているのだとガーレルも気が付いた。
今まで、一度足りとて、自分の男などと口にしたことのなかったヴァルネライラが、今日はやけに女っぽい発言をしている。立場を主張する。
主張したい相手は、ガーレルではなくアドリィで、噂を聞きつけたヴァルネライラが興味を持って会いに来たのは、非常に厄介なことに、ガーレルではなくアドリィなのだろう。
アドリィの反応を見るために、明け透けに関わりを聞かせる。
ガーレルもそれぐらい平気でやる性格だったが、なんて意地の悪い女だろうと腹を立てた。
アドリィが怯えているし、嫌がっているではないか。
ん。ーーー何を?
ガーレルは青ざめる。
なんたることだ、とにかく繊細で可憐な女の子に、下世話な話は禁物なのだというのに。
こんなことを続けて暴露され続けたら、とことん嫌われてしまうではないか!
「何歩か譲って、おれはおまえの男で、おまえはおれの女なのだという考え方を認めよう」
事実は違うがな、とガーレルはすぐに念を押したあと、
「でもこの子、アドリィはおれのものだ。欠片も、おまえのものじゃない」
力強く断言したあと、ヴァルネライラの緋色の目を真っ向から捉え、
「よって、見るな、喋るな。おれが許さん。減る!」
「ーーーはあっ?」
ヴァルネライラがまるで子供のような宣言をした男に、目をまん丸にして驚いたが、ガーレルは至って真顔だ。
言い終えると、アドリィを抱いたまま、くるりと背を向けた。
「減るわけないでしょ!」
「減る。おれが減ると感じたら、減るんだ。さっさと帰れ!」
取りつく島もないというのはこんな状態だと、さっさとガーレルは歩き去った。
「なに、あいつーーー信じられない・・・。話もさせないって、なんて心の狭い男なの?」
呆れるヴァルネライラの横で、ネーザリンネたちは、予想通りとほくそ笑んだ。



「ねえ。あなたたち、さっきの非礼はわびるわ。あなた方と敵対するつもりも理由もこれで完全になくなったわ」
ヴァルネライラはネーザリンネ、ディーメネイア、キリングに率直に話しかけた。
「今、わたくしにあるのは強い興味ね。あいつ、彼女に対して、あんな状態なの?」
「あなたは、アドリィに敵愾心を持たれてますか?」
こちらも言葉を飾らない。ネーザリンネが聞いた。
「私たちは、アドリィを良い友と感じている。だから彼女を傷付けようとする相手にはーーー」
「いいえ。あの小さく稀有な天恵の彼女を傷付けるつもりなど、全くないわ。さっきの発言なら、言っただけ。あの男を手放すのが寂しいだなんて、これっぽちもないから」
曇りない笑顔で言った後は
「あいつじゃなくてーーーあいつの様子もちょっと面白いけど、あの子ね。ただ知りたいの、この楽しそうな状況について」
うふふっと笑うその表情に、三人はとても親しみを感じた。
20160124

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