第四章

5
このままずうっとこうしていたいと思うから、失うことがとても怖いのだ。
アドリィは気がついた。
ガーレルと出会う前の自分には、怖いものなどなかった。
見世物小屋の檻の中で、望みや希望もない代わり恐怖も味わっていなかった。
ガーレルが、アドリィを変えた。
アドリィの生活を、心を、檻の中から解放したのだ。
すべてが、ガーレルのお蔭。
強く美しい、大きな黒竜、闇の王のお慈悲か気まぐれで、今のアドリィがある。
アドリィはガーレルに強く惹かれている。
強烈な存在に、最初は憧れだと思っていたけど、今はそれだけではなくて、側にいたい、自分の側にいて欲しいと望んでいた。
欲張りになってしまった自分。
このままガーレルといたら、身の程も弁えず、もっともっと欲張りになってしまいそうだった。
そんな浅ましい自分を、ガーレルが知ったとき、ガーレルはどんな顔をするだろう。呆れて、疎まれてしまわないだろうか。
嫌われたくなかった。だから一層、アドリィはそんな素振りを出してはいけないのだと思った。
そしてーーー。
つまらないことで嫌われたくないから、なんだかとても嫌な豚か牛の燻製肉だって、ガーレルのお土産で、毎日、忘れることなくきっちりと切り分けて渡してくれるのから、ちゃんと食べるしかなかった。
最初の時は、染み込まされたお酒に意識を失ってしまったけど、二回目からはやはり飲み込んだ後しばらく、くらくらするけど、なんとか持ちこたえられ食べることが出来るようになった。
食べ終えたときのガーレルの満足そうな笑顔を見るために、必死で食べているようなものだったけれど、これくらいなことに不満に感じてもいけないと思うから、アドリィは黙って出された肉を食べる。
でももうそろそろ無くなるのではないか、食べ切るのではないかと最近は毎日期待しているのだけれど、変わらず、三枚の肉が渡される。
いつになったら終わるのだろう・・・。
お肉、早く無くなって!ーーー。
ああ、これも、アドリィの願いの一つだ。



「よくやる」
冷ややかなシルドレイルの声の中の呆れを読み取って、ガーレルは振り向いた。
「何のことだ?」
「街で買ったという燻製肉だ」
かかかっとガーレルは笑った。
「バレてるか?」
ふんと、鼻で吹いて、
「黒竜の性悪さを気づかない当事者以外は、な」
「あいつら、言わないだろうな」
急に心配になったガーレルだったが、シルドレイルは唇を歪めて答えた。
「彼女らも馬鹿じゃない。面白可笑しく事の流れを見守ってるさ」
近くにアドリィはいない。女たちとどこかに行ったらしい。
ガーレルは三人の雌性竜たちを苦手に思っていたが、意外にもアドリィとは良好な関係を築いていた。
あいつらと付き合えば悪影響は拭えないだろうが、良いことだって多少はあるだろうと交流を黙認している。
成長を出来ず、生きる年月に置き去りにされた幼い姿のままの淡い精神を宿すアドリィが、女たちの刺激を受けて少しでも成長することを願っていたりもする。
そうでなければ、自分の計画は成就されないと考えるガーレルだ。
そのガーレルの計画とはーーー。
有り体に言って、アドリィ成長大作戦、だ。
最初のあれは、ちょっおっと失敗してしまったが、思い付きは悪くないと考えていた。
すなわち、アドリィに最高の食料を食べさせる。
アドリィに、竜の肉を。
アドリィに、黒竜王たる自分を与えるーーーという、これだ。
ガーレルは諦めていないのだ。
真実を話しても、アドリィは拒否するだけだろうから、こっそりだ。
そのままでなく、人間のように加工して、少しずつ、少しずつ、与え続ける。
ガーレルのどこの肉か。
それは人間に化けたときに影響のない尾の先っぽの肉だ。大きな竜の口に食い千切られたならともかく、ほんの先っちょを切断したぐらいすぐに再生する。ぶっつり肩から失った腕だって、切断面の組織を余程ひどく破壊されない限り再生し、しばらくすれば元に戻る。
再生は、鋭い爪や牙、堅い鱗と並び強靱な竜を生物の王者たらしめる強みだろう。
尾だけでなく、四肢をすべて損傷した竜が見事に逃げ延び、再生を果たした末、ハンターだけでなく、ハンターの一族郎党が住む村を報復に踏みつぶし瓦解させ、報復を果たしたという話は有名だ。
ただし、再生すると言えど、竜にだって痛覚はある。痛みがあるのだ。
体の一部を切れば痛む。
でもこれぐらいの痛みなら、アドリィを思えばへっちゃらだった。
自分の尾を切り取って、石を積んだ即席の竈で燻製を作るのはこれで三度目だ。
アドリィは、お土産が無くなることを密かに待っていることも知っているが、甘い。まだ当分は無くなることはない。それがガーレルの計画なのだ。
「悪趣味もここまでくると感服だな・・・」
「深い情愛と言ってくれ」
シルドレイルにしては、温度のある声なのが、ガーレルにしても嬉しかった。
いくらかの賛同を得ている証拠だろう。
「最近、元気になったと思わないか?女たちにくっついていって帰ってきた後も、疲れて蹲ることがなくなってきた。顔色は、変わらず白くて可愛らしいが、活発になってきたと感じないか?」
「私の前では大抵、立ち止まって固まっているから知らん」
怯えているのだ。
「ーーーが、少し、背が伸びたか?・・・ほんの少しだがーーー」
「!!っーーーだよな、おれもそんな気がしていたんだ。体付きも以前より、かっしりとしてきた。・・・まあ、おれの気のせいかと思い直したほどの、ほんの少し、だがな・・・」
ほんのわずかなことに否定と肯定を繰り返すガーレルはいつになく饒舌だった。
20160110

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