第四章

4
生ではなく、日持ちがするよう燻して加工してある大きな燻製肉で、香辛料の匂いも強い。
美味しそうな匂い?
人気で、なかなか買えない貴重な食料・・・でもそれは街で売られていたのだから当然、人間にとってだろう。だから、正直、竜のアドリィにはよくわからない感覚だった。ガーレルは違うのだろうかと疑問になった。
それどころか、アドリィにはこの肉は、なんだか嫌な感じさえする。
でもお土産にと買ってきてくれたガーレルには言えるはずもなくーーー。
困ったアドリィはガーレルを見上げた。
傍から見たら、大人と子供。男と少女。
黒一色に身を固める美丈夫と、ガーレルが嫌がるのでガーレルがかった高級なドレスを着た美しい小さな娘。
親子にする見える体格差だったが、親子などでは決してない。
もう少し、邪で、甘く、複雑な関係で、親子ではありえない未来を、男の方は明確に夢見ている最中だった。
そこに辿り着くには大きな障害がそびえ立っていたが、男が挫けないし、諦めていないのだ。
ガーレルは普段のように笑っている気もしたけど、またなんだか違っている気もした。
少し怖い気がするこれは、気のせいだろうか。どうして自分は、そんなふうに歪んだ考えをしてしまうのだろうと悩むアドリィは、やっぱりそのお土産の肉のせいだと結論づけた。
大きすぎるから。
「そんな大きなお肉、食べられない・・・」
「大丈夫。一度に食べ切らなくても腐らないのが燻製のいいところだよ」
アドリィが両手で一抱えになるほどの大きな肉だ。
帰ってきたとき、ガーレルはそんな物を持っていただろうか。
・・・よく覚えていない。
「ガーレルと一緒に食べるーーー」
「おれは食べてきたからいいよ。これはきみの分。大丈夫、一日で全部食べろなんて言わないよ、毎日少しずつ食べたらいい、おれが切り分けるから」
「・・・全部・・・?」
「そう」
にっこりと微笑むガーレルに、嫌だとはやっぱりアドリィは言えなかった。
だから、承諾となり決定となった。
さっそく、ガーレルが小刀を取りだし、燻製肉の塊を削ぐように少量取り分けた。
アドリィの掌ほどの肉が三枚、アドリィに手渡された。
「さあ、どうぞ」
促されて、渋々だった。
恐る恐る肉を口に運ぶ。香辛料の強い味がつんと鼻を突いた。
小さな一口を呑み込んでアドリィは聞いた。
「・・・これは、何の肉?」
香辛料が強く複雑なのはわかるけれど、その反面、肉の味がよくわからない。
「さあ。聞かなかった。鳥にしては大きい、おそらく豚か牛あたりじゃないかな?」
「・・・」
豚か牛。
アドリィが見世物小屋で食べてきたものは、野菜がほんの少し入っただけのようなスープだった。豚か牛の肉の味をよく知らないのだ。
これは、豚か、牛ーーー。
そう信じて、残りを食べた。目の前でガーレルに促されるから。
でも本当に、豚か、牛ーーー?
心臓がどきどきした。お腹が熱い。体温が上がるのがわかった。
「強い酒が染み込ませてあるからおれは美味しいと思ったが、きみは酒を飲まないか?この肉は失敗だったか?」
ガーレルが心配そうに言って、頭がぼんやりするのはお酒のせいなのかしらとアドリィは思った。お酒も、アドリィは飲んだことはないからよくわからないものだ。
なんだか不安で、嫌な感じのする肉だけど、ガーレルに失敗だと思わせたくない一心でアドリィは、笑顔を作って、美味しかったと答えた。
ありがとう、とも。
「良かった。気に入ってくれて」
遠くで、ガーレルの声を聞いた。
お土産を貰ったというのに、なんて失態だと恥じ入るしかなかった。
肉に染み込ませたというお酒のせいだろうか、くらくらと世界が回りはじめた酩酊感に呑み込まれたアドリィは目を開けていられなくなっていた。
必死に確認したガーレルは、怒っている様子はなくて、それだけが救いだった。
まもなく小さな体が倒れ込んだが、ガーレルがしっかり受け止めて膝の上に抱いた。力を失った体を自分の胸にもたれかけさせる。
「いい子だ。ちゃんと食べたね」
アドリィには届いていないことを承知で続けた。
「最初は少し苦しいかもしれないけど、直に慣れるはずだ。体が生まれ変わり整ってゆけば、きみの可能性は今とは比べものにならないぐらい大きく広がるはず・・・。だから、ね。ごめんね。でも食べて貰うよ・・・」
得体の知れない肉の塊を調達したのはガーレルだった。
ガーレルは嘘をついた。
それは街で買った物ではなかった。街で売っているようなものではないのだ。
ガーレルが、アドリィのためだけに用意した肉だった。



穏やかな時間が続いた。
アンザーの森で、シルドレイルや、シルドレイルの伴侶を狙う女たちと、ガーレル。
ガーレルはそれ以来、どこにもゆかず森に留まっていた。
アドリィの側にいた。
シルドレイルや女たち、そしてガーレルだって、アドリィにとって絶えず、ぴりりと刺激的だったが嫌な気分はしないのだ。
竜の仲間。
これほど多くの同族に囲まれるこんな生活が送れるなど、想像だってしなかった。
ガーレルとシルドレイルに至っては、精霊契約をした竜王だった。
死にそこなって生きているだけのアドリィと対極に位置する選ばれた個体。その足元にいられる不思議。
夢のような時間を過ごしているのだという自覚がある。
まるで夢だと感じるから、ふとした次の瞬間醒めてしまい、すべてを失ってしまいそうな恐怖感が付きまとう。
20160107

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