第四章

3
見世物小屋で飼っていた竜を、大きな黒竜が連れてアンザーの森に降り立った。
情報は瞬く間に流れ、多くのハンター達がアンザーに集まって、最寄りの街は物騒な男達がひしめき合っていた。
しかし街の者も慣れたものだった。
竜が近くに済むという場所で暮らすことを選ぶ人間たちだった。
アンザーには昔から大きな竜が済む。一応、帝国が指定する、数を減らす竜を守るための保護区ではあったが、決まりを守れない者はどこにでもいる。
帝国の法を無視する者がいること、定期的に所在の明らかな竜を狩ろうとハンター達が集まってきては挑むこと、でも森の竜は狩られたことはなく、男達の集団は決まって戻らずーーーそんなことだって、この街の者にはどうでもいいことだった。
意味があり、重要なことは、今、街はかき入れ時に突入していることだった。
しかも今回はいつもと規模が違う。
アンザーの竜を狩ることに法に触れると難色を見せるようなハンターが、黒竜と見世物小屋から逃げ出したもう一頭を狙うことに抜け道を見つけた。
その二頭はアンザーの保護竜ではないし、しかも黒竜はローブルの街で見世物小屋の一座を破壊させ、人々の生活を脅かしたという危険な竜だ。その討伐の最中、命がけの無我夢中で、うっかり違う竜も狩ってしまっても仕方がないことーーーなどなど、いろいろと言い訳を用意した男達がやる気満々になっているのだ。
竜を狩ることは一攫千金だ。
得られる大きな富と名声のためには命を危険に晒すことも惜しまない者たちは多い。
一人では到底無理でも集団で立ち向かえば、敵わないわけではない。
集団で分け合うことになっても竜一頭の分け前は莫大だった。
目の色を変えた男達が、この時ばかりは協力を惜しまない。
運よく狩ることが出来た後、人間同士の惨劇が起きようが、それは別の話。無事に狩り終えたあとにひっそり考えればいいのだから。
仮初めに出来た集団、もともと組んで動いている集団とさまざまだったが、街中の酒場はどこも大勢のハンター達で賑わっていた。
その喧噪は命を賭けた大仕事を前に、己を鼓舞するためでもある。豪気で、陽気で喧嘩を起きたが、酒場の店員も怯むことなくてきぱきと注文の品を運び続けた。
その中に、ツヴァイもいた。
店内は満席で、一つのテーブルを数人で囲んでいたがツヴァイは一人だった。苦い酒をちびちびと飲み続けていた。
そのうちどこかの集団に潜り込むつもりだったが、まだ決めていない。でも竜狩りに参加するつもりだった。
ツヴァイはガーレルに、竜のハンターではないと言った。
それは本当だ。嘘は言っていない。今まで竜など、狙ったことなど一度も無いのだ。
危険度の高すぎる獲物を狙って、命を失うなど馬鹿げているとずっと考えていたからだ。
自分には大切な家族がいる。
優しく可愛い妻と、妻が生み出してくれた掛け替えのない小さな命。
一人息子だった。
二人の笑顔を見守ってゆくために死ねないと考えてきた。
ずっとそう考えてきた。
これからも基本的には変わらないのだ。
だから二人の笑顔を守るために、ツヴァイは一つの決断をした。
二人のために、竜を狩る決心を固めたのだ。



色取りの花が咲き乱れていた。
芳しい香りと暖かな日差しの満ちる花畑に座り込んで、穏やかな時間を満喫していたアドリィは、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていた。
重力に負けるように崩れて花の中で丸まって眠るアドリィの姿を見たガーレルが、余りの衝撃に、誰にも見せたくない。隠してしまいたい、どこに?誰も手が出せないところ・・・自分の腹の中にーーー違うっ!と葛藤に焦っていると、さいわい、アドリィが目を覚ましたようで起き上がった。
眠そうに目を擦りながらもガーレルを見やって、小首を傾げる。
「・・・変・・・どうかしたの?」
「い、いいや。まったく、大丈夫だ」
「そう・・・?」
笑顔を浮かべたガーレルが、アドリィの側まで歩み寄り、どっかりとその前に腰を下ろした。
「起こしてしまったか?」
「ううん。・・・ガーレルが戻ってきて、気が弛んでしまったんだと思う。とてもいい気分で、眠くなって・・・でももう平気・・・」
どこかまだ微睡むアドリィの様子を微笑ましく見守る男の表情もとても穏やかで優しい。
「わたしにご用?」
「ああ。もう一つ、渡していない土産があってな。それを持ってきた」
「お土産は、もう十分に貰ったから、もういらない」
「そんなことは言わないでくれ。きみのために土産なのにきみに受け取って貰わないなんてことほど悲しいことはないな」
寂しそうに言われるとアドリィの心も痛んだ。
だから、前向きに受け取ろうとしたが、ガーレルが布から取りだしたものが大きな肉の塊だと気付いて固まった。
「街で買った燻製肉だ。とても美味いらしい。大人気でなかなか買えない品物らしいぞ。これなら食の細いアドリィでもすらすら食べられるだろうと、どっさり買ってきた」
「・・・」
20160103

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