第四章

2
「ああ、よく似合っている・・・」
ガーレルが、ガーレルが街で買ってきた衣装を身に着けたアドリィの姿にうっとりと眼を細めて言った。
「おまえにしては、まともな物を買ってきたな」
シルドレイルからも珍しく、褒め言葉だった。
再び戻ってきたシルドレイルも交え、ガーレルが調達してきた衣装のお披露目会になった。
二人の竜王の見つめられているだけでも生きた心地がしないのに、褒められていた。
褒めているのは衣装だとわかっていても、身に付けているのは自分なので、自分に向けられてしまう言葉にアドリィは気恥ずかしくてまともに顔も上げられないでいた。
そんな状態がさらに続いていったら、萎縮して溶けそうだったけれど救いになってくれたのが、三人の竜の女たち、ネーザリンネ、ディーメネイア、キリングだった。
「ちょっとぶかぶかなのよね。だから成長してもしばらくは着られるってところはいいわね」
「黒竜さま、少し見直しました。あのお姿で戻られたときには、これはおそらくまともな衣装じゃないだろうなって思ってしまったけど、素敵ですわ」
「すっごく気になるんですけど、下着や靴も、黒竜さまが?下着のリボン飾りなんてなかなかどうしてーーー」
ディーメネイアにも頬を引き攣らせたが、最後のにやにや笑いながらのキリングには、ガーレルが血相を変えた。
「下着は店の者に選んで貰った、一式な!・・・まあ、協力者がいたから助かったが、こういう物は、おれより、同じ女のおまえたちが買いに行ってもよかったんだっ」
三人が着替えを手伝ってくれてアドリィは助かったが、ガーレルはいい顔をしなかった。歯に衣を着せない毒舌をきっと警戒していたのだろうが、やはりまぬがれない。
「口からでまかせね、私たちには任せたりしないはずね」
「ご自分で選びたかったくせに」
「うふふふっ、ご自分のためのご自分で、ね!」
図星を指されてガーレルはぐうの音も出ない。
改めて、三人の女竜たちに苦手意識を募らせたガーレルは、きっぱりこれ以上相手をするのをやめにして、アドリィだ。
確かに少しサイズが大きかった。肩が落ち、丈が長めだったが、アドリィにとても似合っていた。予想以上の満足感だった。
太陽の光の中で、布地はまさに白金に輝き、散りばめられた飾り釦や真珠が周りの色を優しげに映して輝き、まさに特定の色を持たず虹色のアドリィの瞳、そして竜の目で見るアドリィの竜姿の鱗の様だった。
アドリィにぴったりの良い買い物が出来たと悦に浸るガーレルは蕩けんばかりの表情でアドリィの姿を見ていたが、当のアドリィは落ち着かず、小さく言った。
「もう、脱いでいいですか・・・?」
「なぜだ?」
ガーレルが驚いて言う。
「高そう、汚すといけないから・・・」
着替え用にと他の服も何着か買ってきてもらっていたが、アドリィの目にもそちらの方がはるかに安価だとわかり、気楽だった。
「おれが選んだ物ではなく、あいつが選んだ物がいいのか?」
「あいつ?」
「・・・ツヴァイという人間だ。店を見繕ってもらったりと協力を得たんだがーーー」
「人間の女とお買いになった?」
すかさずキリングが三人を代表して疑念を口にしたが、
「男だ。大きな剣を持ったハンターだ」
色めきだった女たちの表情が一瞬に冷たくなっていたが、そっちを見ていないガーレルは気付かず続けた。
「役に立ついい男だった。が、勘が良すぎだな。おれが竜だとばれていたようだ」
これにはシルドレイルの秀麗な貌も怒りに凍てついたが、ガーレルが気に留めたのはアドリィの表情だけだ。
「ああ、そんな顔しなくても大丈夫だ。円満に別れたぞ。どうやら最初から、黒竜だと気付いていたらしいが、服選びを協力してくれた。そのあとは、礼に酒を奢ったんだが、別れ際に言われた。王都の、死んだ学者の名を名乗らない方がいいと。奴が遺していった身分書が便利で、時々使っていたんだが、そんなところから結びつけるとはーーー驚きだな」
陽気に語って聞かせたガーレルのために場の空気はずっしり重くなっていたが、ガーレルはまったく気付かないのか機嫌良く笑っている。
「それに本人もはっきり、竜ハンターじゃないと言っていた」
「それを素直に信じるのか!?」
無頓着すぎるガーレルに怒りで口を裂けさせたシルドレイルが当然ともいうべきことを詰問したが、アドリィを眺めるのに忙しいガーレルは振り向きもしない。
「たとえ嘘でも、おまえは人間などに殺られやしないだろ。おまえの女たちも。だったら問題ないだろ?」
これにはシルドレイルは、ふんと鼻を鳴らし、女竜たちは互いを見交わして肩を竦めた。
勿論だ。
己は竜。
誇りある竜。
人間に倒されるつもりなど無い。
人間が不遜にも襲ってきたら、好機とこってりみっちり仲間の恨みを晴らしてやる。許しはしないのだ。
女竜たちにしてもそれだけの竜だった。強く、誇りある竜。竜王と呼ばれる竜に比べたらいくらか見劣りするけれど、それでも簡単に人間などにやられるつもりはないという自負がある。竜王を伴侶にと望む女たちなのだ。
だから、この話もそれで立ち消えていったが、そこには竜であっても自信たっぷりに胸を張れない者が一人いた。
一人、いや、一頭かーーー勿論、アドリィだったが、アドリィは口を開かず黙っていた。
沈んだ気持ちになっていた。
自信がないだけではないのだ。事は自分のことだけでは済まないかもしれないと思ったからだ。
アドリィがそのとき考えたことは、自分が一緒にいることで、もしかしてみなの足を引っ張ったり、危険に晒すようなことにならないだろうかということだ。そんな事にだけは陥られずにいたいということだった。
「どうした、アドリィ?」
「ううん」
アドリィは小さな笑みを浮かべた。



20160102

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