第四章

1
「これを、わたしに・・・?」
「ああ」
「貰ってもいいの・・・?」
「断られても困るな。おれには着られん」
普段と様子が少し違っていたが、ガーレルは満面の笑顔で答えて、アドリィは嬉しくて言葉が出なくなった。
ガーレルはもう怒っている顔ではなかった。
笑顔だろうと、底で怒っているガーレルを知った。でも今は、そうじゃないのだと感じる。
目覚めたとき居なかったのは、ただ本当に、自分の衣服を街まで買いに行ってくれていただけなのだ。
そして出来る限りの大急ぎで、帰ってきた。
その証拠として、ガーレルの人間とも竜ともつかない異様な姿を目の当たりにしているわけだが、アドリィは少し驚いただけで、怯えることも嫌がることもなかった。
長いかぎ爪付きの黒光りする翼を背に生やした二足歩行の人間じみた生き物。翼が生えた所為で上衣は裂け、辛うじて身に付けている状況だったが、その下から覗く肌は小さな黒い鱗状に硬化し、節くれ立った指には人間の物ではありえない鋭く太い爪が伸びている。脚も同様に、より竜に近づいたために伸びた爪がブーツを貫いて地面に達している。伸縮性があるものが選ばれてはいたが、限度がある。過度の体形の変化に無理を強いられた人間の衣類は新調しないといけないだろう。
結んであった紐が落ちたのか、ざんばらに背中を覆った黒い髪は人間の名残でも、黒い鱗と迫り出した鼻面に大きく裂けた口には、人間・ガーレルの面影はまるでなく、でもそんな状態で声だけは器用にガーレルを保っていた。
ガーレルがなぜそんな姿なのかを考え、高速の移動を重視した結果なのだと気付くと、アドリィは胸がいっぱいになった。
でも感動に浸る一方で、激しく不快感を隠さない者もいた。
もちろん、シルドレイルだ。
「醜いっ。なんて姿だ!」
「あん、これか?ーーーなかなかどうして、便利だったぞ」
「さっさと戻れ。見るに堪えられん!」
そんなこともないと思うけど・・・とアドリィは思ったけど、口に出せる立場でもないのでそっと心の中で留めた。
「戻るって、どっちにだ?」
「どっちでもいい!」
怒りさえ感じているらしいシルドレイルが言い捨てて、ガーレルは人間の方の姿に戻った。
黒髪に白い肌の大柄の男の姿だった。
「早く走れる。人間の姿になると筋肉はかなり脆弱になるからな。だがほんの少し変化させれば別ものだ」
ほんの少し。ガーレルは言うが、それがほんの少しかどうかは個々の判断に左右されるだろう。
シルドレイルはほんの少しとは、絶対思わない者だ。
「人間は、その姿を見てなんて言うか知っているのか!?ーーー化け物、だ!」
シルドレイルは氷の激しさで吐き捨てた。
「まあ、そうだろうな・・・。人間には見えんし、竜でもない」
「おまえに誇りはないのかっ!」
「誇りはあるが、別にこれは・・・たいしたことじゃないだろ?」
のほほんと応じるガーレルに、趣味嗜好が共通しないと再認識したシルドレイルが沸騰して怒っていたが、こいつには何を言っても通じないのだと諦めがついた最後にはただ呆れたような冷たさに戻って不毛な論議は打ち切られた。
代わりに
「おまえがぐずぐずして戻ってこないから、泣きそうだったぞ」
いきなり顎で示されたアドリィは、驚いて頬を赤らめる。
羞恥心だったが、すぐに今度は青ざめさせて、ガーレルを見上げた。
「そんなことないっ。あっ、蒼竜さまがおっしゃったことが嘘ってことではなくてっ・・・ただ、わたしは、ガーレルのすることを妨げようとは思わないし、ガーレルが戻らなくても、それはわたしが悪かったから、全然、平気っ!・・・でも、だけどっ、そうじゃなくてっーーー」
「待て待て待て。いろいろ話してくれるのは嬉しいし、あとでゆっくり全部、聞くから、その前に一つだけ、聞きたいな」
ガーレルは身を屈めて、アドリィに視線を近づけて、真っ向から二粒の虹色に輝く宝石を見つめて尋ねた。
「おれがいなくて、寂しかったか?」
やんわり、一番避けて通りたいところを、ぴしっと訊かれた。
「・・・それは・・・」
「おれがいなくて泣きたくなるぐらい、寂しかったか?」
黒竜王・ガーレル相手でもーーーいや、ガーレルだからこそ、答えづらい質問だった。アドリィは俯いて逃れようとしてが、その顎をガーレルの指がそっと捕らえられて、それは許されない。
だからアドリィは、迷った末、覚悟を決めて答えるしかないのだ。
誤魔化さない自分の気持ちだった。
お土産だという衣類の包みを胸にしっかりと抱きしめながら、一つ大きく深呼吸をした。
ガーレルは笑っているけど、優しいだけではないことを知っている。素直に本当を答えてしまって、不遜だと、不興をかったらどうしようかと不安を感じたけれど、嘘は言いたくなかった。
「・・・寂しかった・・・ガーレルは、怒って、もう帰ってこないかもって思ったら、どうしたらいいのかわからなくなった・・・捜しに行ってちゃんと謝らなくちゃって思った、ごめんなさいって・・・でも囲いがあるし・・・」
「それは、なぜ?」
ガーレルはひどく穏やかに重ねて訊いた。
たっぷりと期待のこもった声だったが、必死なアドリィが気付いたかどうか。
「・・・だって、ガーレルがいないのは嫌ーーー」
寂しいからーーー。
しどろもどろになりながらアドリィは、ガーレルの思惑通りの思いを言葉にしようとしていたけれど、すべてを言うことは出来なかった。
ぶんと体が浮いたと思った次の瞬間、息ができないぐらいに締められていたためだ。
もとい、強く抱きしめられていた。
寂しかったのだという気持ちをアドリィ本人から聞いたガーレルがとても喜んで、両腕に小柄なアドリィを掬い上げ、広い胸板に思いいっぱいに抱きしめていたのだが、もしも、去り際に「潰れるぞ」とシルドレイルが冷静な指摘をしなかったら。
本当にアドリィの肋の数本ほど危ないところだったかもしれない。
20160101

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