第三章

12
わくわくするのだ。
楽しいなあと、ガーレルは考え、でもすぐ、すうっと顔に浮かんでいた喜色は再び沈んでしまったが・・・。
面白いが、とても悩ましい。とてもとてもだ。
非常に悩ましい。
いろいろ関わったために、自分は失敗ばかりさせられている。
失敗することはとても誇りに傷が付く。自尊心が損なわれてしまうことに晒され続けるのだ。
アドリィを抱えていることはこんな時間を続けるということになる。
ああーーー悩ましすぎて、悶えてしまう。
こんなに思い通りにならなかったことなど今まで一度だってなかったというのに。
ちっこいのに振り回されまくっている自分。
ちっこいのに着せたい衣服を自ら買いに行って、心の中では喜んでくれればいいなと密かに願ってなどいて・・・。
いや、もうねーーー。
やっぱりここに行きつくのだ。
全部ひっくるめて面白すぎーーー。
ガーレルは最初は保護区の雑木林をたらたらと歩いていたが、距離はかなり広い。行きは、眠り込んだアドリィが心配で戻ろうかや、すべてをきれいに解決する何か上手い方法がないかなど、考え考え、途中で立ち止まりで、気がついたら辺りはすっかり真っ暗夜になっていたなどという調子でしてやっていたから街に着くまでに四日もかかっていた。そしてまたこの調子でいくとアドリィがいる中央部あたりに帰り着くまでさらに数日必要になる。
今、ガーレルの目の前にあるのは、つまらなく、ありえないことだったけど、でもこれはすべて面白いことに繋がることで、一環なので仕方がないのだという結論がきっとりと出ていた。
面白いこと、すなわち、アドリィ。
黒竜はこの時、意識をした。
アドリィだ。
アドリィはガーレルにとって特別な存在だった。
そうすると、もう即、顔を見たくなっていた。
結論に到達したので、もう考えながら歩く必要もなくなっていた。
まだ眠り続けているのだろうかと思うと、急に心配になってきた。
眠り続けているのもどうかと思うところだけれど、もし目を覚ましていた場合、それはそれでまた妙な胸騒ぎがする。
ガーレルの想像が追いつかないちっこいのは、ガーレルが予想もしないことをやらかしそうな気がするから。
ガーレルは走り出す。
人間の姿だった体の線が走るにつれて崩れていた。
走りやすい姿勢に、風を流しやすい流線に、舵取りは尾だ。
脚力は人間のようで人ではない異形の物。人間には到底出せない速度で走る黒い竜人の姿だった。
基本的に、二つの姿の変化の過程の途中のような体現を竜たちは見苦しいと嫌っているので、こうした竜人態はあまりされない。
けれど、人間の大きさで小回りが利いた。
二足歩行を維持し、体表は竜の鱗でまるで甲冑のように身に固めることにより、人間に化けたときどうしても低下してしまう強度と膂力、安定性を最大限まで引き上げることになる。
もちろん竜に比べれば小さかったが爪や牙を備え、人間に化けたら失われる尾だってあるのだから攻撃力だって申し分ない。
見たかによればどちらでもない化け物の姿だろうが、能力的には人間よりも竜だ。
気配も竜に近いので隠れることはできないけれど、どっちみちすでに黒竜がこのあたりにいることはすっかりバレているのだろう。
潔くないとか、醜いとか、中途半端だとか竜たちの間で不評な竜人体だけど、ガーレルはあまりーーーというより全く意識していなかった。
今、意識してみたが、この現状に至っては森の木立の間を人間ほどに小さくてもはるかに早く走れる。これはとても便利じゃないか、と満足している大雑把なガーレルなので、シルドレイルが戻ってきたガーレルのその姿を目にして嫌そうに顔を顰めるが、一切の躊躇も問題もない。



アドリィの目覚めは思いの外、快適だった。
よく寝た。ぐっすりと眠れた。
だから目が覚めた時、体も頭もとてもすっきりとしていた。
時間的には、ガーレルがアドリィの衣類を買ってこようと付近の街に向かって間もなくのことで、だからその場はガーレルは不在だった。
起き上がって、あたりを忙しなくきょろきょろと見回して、黒竜の姿を捜し求めるアドリィに気がついたのはシルドレイルだった。
青く光る不思議な石の玉座に座したシルドレイルの真ん前に黒い檻は創られて、その中でアドリィは眠っていたのだ。そして不思議なことに、檻はアドリィが目覚めたときに霧散した。
大樹の陰にシルドレイルの姿を目にしたアドリィの表情は緊張にきゅっと硬くなる。
すぐに様子を察したシルドレイルが薄く笑っていた。
「そんな顔をされるようなことは、何もしていないはずだが?」
「大きく強く美しい、蒼竜さまに緊張しないものなどいないです・・・」
そつのない返答のはずなのに、唇の端でふっと笑われた。
「小さくても、きみは強いだろう」
冷たい笑み。
「黒竜を食べるのだから」
流れる清水のように美しいが性格のきつい蒼竜・シルドレイル。これで、アドリィの表情は、硬さだけでなく温度も失って真っ青になっていた。
すっかり忘れて頭から消えていたことを思い出したからだ。それは目が覚める前のこと、眠る前のこと。どうして自分は眠ったりしていたのか。
こんなシルドレイルのお膝元のような花畑で眠ることなどしないはずなのに、なぜ、こんなところに、なぜ、ガーレルはいない。ではガーレルはいったいどこにいるのだろうか、とかーーー。
いろいろいっぺんに考えて、すべて思い出した。
「どうした、なんだ、忘れていたのか?」
シルドレイルは可笑しそうに笑った。それほど冷たい物ではなかったけれど、感じ取る余裕はアドリィにはなかった。
自分はーーーガーレルの肉を食べたのだ。
食べさせられた、罰だと言われた。お仕置きだとも言われていた。
20150628

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